序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2018年 02月 01日
合唱の秋冬シーズンのコンサートも無事終わり、次のコンサートに向けて、新たな楽譜が配られました。前回は現代作曲家のディストラーの曲(死の踊り)とバッハのモテットでしたが、今回はガラリと趣向が変わり、ドイツロマン派セレクション。
ロマン派というから、シューマンとかブラームスとかシューベルトとかが来るのかな、とワクワクしながら待っていたら・・・・・。 何やら知らぬ名前ばかりがずらりと並んでいます(ブラームスとメンデルスゾーン以外は)。 その中に、八分音符ばっかり10ページ余りにわたって延々と続く「これはいったい?」と思わせるものが一曲。 「ロマン派のテーマといえば、自然、夜、恋愛、そしてメルヒェン。というわけで選ばせていただいたのがこれ!」 楽譜を配る指揮者のアンナはいたずらっ子みたいにニヤニヤしています。 「ご存知、ハインツェルメンヒェン!」 「ああ!」(と一同) スイス人やドイツ人の合唱仲間には当然のようにお馴染みらしいハインツェルメンヒェンとは、しかし一体なんなのだ? 「怠け者の家に夜中に出てきてチクチク、トンカチトンカチ、さっさかさっさか、お掃除、片付け、縫い物、パン作り、靴直しなどなど、大活躍する働き者の小人さんたちのあのお話ですね」 アンナの簡単な説明に、あ、それってなんだっけ? と遠い記憶を手繰り寄せるも、思い出せず。でもあったよね、そういう話。ああ、なんだっけ、なんだっけ、と考え続ける間も無く、いきなり始まってしまいました、譜読み。 私はアルトパートなのですが、フルメンバー五人のところ、昨晩は二人欠席だったので三人だけ。全部がバレる恐ろしい少人数です。 私はこの合唱において、ドイツ語の譜読みが圧倒的にどん底的に下手くそです。先にメロディーだけ、あるいはテキストだけをやってくれればまだしも、いきなり全パート一緒にテキストと音符と一気に行くので、もうドイツ語の発音が全然追いつきません。おまけにこの小人さんのテキストは、バッタンバッタン、チクチクチクチク、サクサクサクサク、シュッシュッシュッシュッの類の擬音語、擬態語のオンパレードで、舌がもつれそうです。字面を追うのに精一杯で音符どころではありません。全然歌えなくて、もうがっかりです。金魚みたいに口をパクパクしているだけで、本当にみっともないことこの上ない。 ドイツ語圏にこんな長く住んでいるのに、どうしてこんなにドイツ語下手? 情けなくてやんなってきますが、前回のバッハの時も最初はそうでした。それでも何度か回を重ねていくうちに、言葉も(少なくとも音声としては)覚え、曲も覚えるので、気持ちよく歌えるようになってきます。だから辛抱辛抱。誰よりも重いハンディを抱えている劣等生ですが、これもまた、ドイツ文化の広大な森へつながる小さな窓だと思って、えいえいおー! 休み時間にお隣のブリギッテさんに「私には、何しろこの歌詞を読むのが本当に難しくって」とこぼしたら、「私があなたの言葉で歌を歌うこと想像してみてよ。どんだけ難しいか、というか、それ不可能なのだから、ともかくあなたはその逆をやっているのだから、すごいと思うわよ」とものすごく優しく励ましてくださいました。 そのブリギッテさん、いつだったか私が「で、あなたはもうどのくらい合唱なさってるの?」と尋ねたところ、「そうね、かれこれ三十二年くらいかしら」と。ドイツ語においても合唱歴においても、自分のひよっこぶりを思い知らされ、すごいーと大尊敬。しかも彼女はこの合唱の他に別のアマチュアオケでヴィオラも弾いているそう。 そして彼女のお仕事は、といえば・・・・・。 「外の仕事だから、特に冬は体が冷え切っちゃって、夜のリハーサルは結構しんどいのよ」 外の仕事? それってなんだろう、と興味が湧いてくることろです。 駐車違反の切符切り? (よくお世話になっているけど、彼女には出くわしたことない気が) 農業? (よく日焼けした肌色からはそれもあり得るかと) 工事? (女性の土木工事従事者というのは、そういえば見たことない) 「で、なんなのですか?」と思い切って尋ねてみたら 「ガーデナーよ」 そうかあ、庭師をしてる人なのかあとちょっと感動しました。晴耕雨読じゃないけれど、日中は庭仕事、夜になったら歌とヴィオラ。なんだか素敵じゃあないですか。 私が息も絶え絶えよろしく口をパクパクしているところへ、左側から彼女の綺麗なアルトヴォイスが聞こえてきます。日焼けした肌とガッツリとした肩幅のブリギッテさんの声は、実はとても繊細で美しいのです。 このハインツェルメンヒェンはなんでもケルンに伝わるメルヒェンだそうで、歌の冒頭に出てくるCölnは、Kの代わりにCなので最初、分からなかったのですが、これ、ケルンのことだったのですね。 色々勉強になるし、知らなかったことを一つでも二つでも知るのはやっぱり楽しい。できなかったことが一つでも二つでもできるようになるのもやっぱり楽しい。 来週までにはハインツェルメンヒェンの歌詞、発音できるようにしとかなくては。ちなみにこの曲、アウグスト・コピッシュという詩人の詩に、作曲家フェリクス・ドレーゼケが曲をつけたもの、だそうです(ともに初耳)。 怠け者の私のところにも、夜中に来てくれないかな、ハインツェルメンヒェンさんたち。
by michikonagasaka
| 2018-02-01 21:58
| ピアノとか音楽とか
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