序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2010年 12月 20日
パテック・フィリップの時計のストラップが、東京のど真ん中で突然切れてしまった。東京ではどこでパテック・フィリップのケアをしてもらえるのかわからなかったので、とりあえず銀座の和光へ。
地下一階の時計サロンは、制服をきちんと身につけた店員さんのたたずまいや商品のディスプレーや照明の仕方など、ま、いってみれば時代を超越したような厳かな雰囲気。思わず私までがなんとなくしずしずと歩いてしまいそうな、そんな場の力をびんびん感じながら、とりあえず、お修理のカウンターへ。 最初はストラップだけを替えてもらうつもりだったのだが、なんでもストラップを止めているところのゴールドの細いスティック部分がわずかに曲がっているそうで、ストラップがするりとはずせないとのことだった。 「少々お時間をいただければ、私どもの職人のほうでお直しをさせていただきますが」 そういわれたので、時計を係の人に預けたまま、私はヤマノ楽器でCDなどを見ていた。 15分くらいたったころだろうか。携帯が鳴った。さきほどの和光の係の人だった。 「先ほどお預かりした時計ですが、やはりスティックが曲がっておりまして、それを無理に直そうとして破損するようなことになってはいけないので、大変申し訳ありませんが、やはりこちらはパテックさんのほうでお直しされたほうがよろしいかと存じます。詳しいご説明をさせていただきますので、ご足労ですが、店までお運びいただけますでしょうか」 なんだかよくわからないが、ともかくまた、和光の地下一階へ取って返した。 白い手袋をはめた担当の方が、ベルベットのトレイの上に私のパテックをうやうやしく置き、そして問題部分をさしながら状況を詳しく説明してくださった。時計はきれいに磨かれており、そして丁寧に袋に入れていただいて私の手元に無事、戻って来た。 そのまま、慌ただしく日々は過ぎ、あっという間に今年もあと数日。あ、そうだ、いくら何でも年明けまでにはパテックを直さなくっちゃ、と突如思い立ち、チューリッヒのバーンホフシュトラッセにあるバイヤーという時計屋さんに出かけた。 高級時計を扱う店ににしては、店内はなんだかざわついた雰囲気で、これじゃまるで免税店のノリじゃん、とあっけにとられていたら、アジア顔の女性店員が「メイアイヘルプユー?」と近づいて来た。 ドアの前に立ち往生したまま、私はパテックの時計のストラップを新調したい、それからそれを固定しているスティック部分を修理してもらいたい旨を告げた。なんだか妙にがさつな身のこなしのそのお姉さん、 「あ、だったら時計職人のとこですね、その階段の下ですから」 と、指差しただけで、あとは知らん顔。 スーパーマーケットでトイレはどこかと尋ねたわけじゃないんだから、それはないだろうと思いつつ、しぶしぶ、階段を下りて、半地下にある職人のカウンターへ。カウンターにはすでに先客がおり、係の人はその人の対応をしているため、私はただただそこに突っ立って、忍耐強く待つのみ。傍らにはもう一人、店員がいたが、きっと自分の分野外なのだろう、客が待っていると気づきつつ、完全無視を決め込んでいる。 やっと私の番が回って来た。事情を説明すると、そのおばさん係員、まずは私の壊れたストラップを一瞥。 「ずいぶん、ぼろくなってますね」 まるで、私の扱いが悪い、あるいは、ケチって長らくストラップを替えてない、みたいなことを暗に表そうとしているような非難めいた口調でなんだか不愉快だ。 やがておばさん、よっこらしょと席を立ち、傍らの引き出しの中からストラップが詰まっているビニール袋をつかんだかと思うと、それをカウンターの上にドサリと置く。なんだか動作の一つ一つが粗忽で、やっぱりこりゃ、免税店のノリ以外のなにものでもないと憮然としていると、おばさん、ビニール袋の中からストラップをたった一つ出してきて 「あなたの時計に合うタイプは、これきりです」 というではないか。 そんなあなた、革のタイプとか色とか、いろいろあるでしょうが。前回、ジュネーブの本店でストラップを買い替えたときは、ちゃんとテーブルに案内され、トレイの上にたくさんの見本を出して見せてもらったことを思い出し、ずいぶん雰囲気も品揃えも違うんじゃないの、と、さらに憮然となる。 「新しいのを注文することはできますけどね、三ヶ月くらいかかりますから、もしお急ぎだったら向かいの店に行かれたら? あちらもパテックフィリップを扱ってますから」 まるで厄介払いでもされるみたいにして、私は店をあとにし、おばさんがいうところの向かいの店Gübelinへ。 ドアマンこそいたものの、やはりこちらも雰囲気は免税店。調度品は安普請だし、店員は、これまたケバい感じのアジア人女性。立ちんぼ状態でさんざん待たされた挙げ句、こちらでも結局皮ストラップのチョイスは、クロコ型押しの黒か茶の二点のみとのこと。 「え、2つしかないんですか」 「あなたの時計は、ほら、ここが小さいタイプでしょ。こういうのには合うストラップがそもそも少ないんですよ」 「でも、以前にジュネーブの本店ではいろいろ見せていただきましたが」 「ずいぶん昔のことなんじゃないですか」 「いえ、一年ほど前のことですけど」 「ふーん」 「・・・・・・・!」 高級品を扱う店であるならば、接客についてそれなりの店員教育をするとか、もともと躾の行き届いた人材を採用するとか、なんとかならないものだろうか。あまりの態度の悪さに私も辟易として、結局パテックのお直しもかなわず、次回、ジュネーブに行くときまでのお預け、ということになってしまった。 バーンホフシュトラッセというのは、平米あたりの売り上げ金額が世界一という、そういう金のなる木が林立しているような通り。世界一ということは、フォーブルサントノーレもフィフスアベニューもボンドストリートも、そしてドバイとか上海あたりのなんとか通りよりもさらにたくさん売り上げてる道ということなわけだから、それはなるほどたいしたもんである。しかしそれだけ売り上げていながら、このお粗末な接客レベルはないだろう。 銀座は今や、中国とか韓国からの観光客でにぎわう町になったときく。デパートや高級店が軒並み苦戦する中、平方あたりの売り上げは、きっとバーンホフシュトラッセには遠く及ばぬことだろう。だが、そんな環境の激変や景気の低迷にもかかわらず、和光のような店がなんとか頑張っていることを思うと、私はなんだか涙が出ちゃいそうである。 頑張れ、和光、頑張れ、帝国ホテル! 古めかしくてもよろしい。態度がよろしければ。 慇懃無礼でインパーソナルな外資系ホテル(たとえば、マンダリンとか、コンラッドなどを例にあげておこう)に比べ、帝国ホテルのあのきめ細かく繊細なサービスは(たとえ、それが少々ぎこちなかったりすることもあるとはいえ)、グローバリゼーションの世の中における一服の清涼剤みたいなレアで貴重な存在だ。 バイヤーとギュベリン、まるで量販店みたいなサービス、そして中国人観光客対策なんだか、やけにがさつではすっぱなアジア人店員を無節操に雇うの、なんとかなんないもんですかね(80年代のアンカレッジ、あるいはパリのオペラ座界隈あたりの免税店の日本人店員に通じるものがあるところが、世界の様変わりを感じさせて興味深くはあったが)! 大きなお買い物を一回限りしていってくれる観光客には椅子もすすめれば、愛想の一つもいいながら、片や、お直しに訪れた古くからの客は「どうせ、その日にはお金を落としていかないから重要度低い」という考えを露骨にあらわしちゃったりして、それって、「次のジェネレーションをサポートします」「継続こそが私たちの財産なのです」みたいな、スイスお得意のプライベートバンクの広告のキャッチのニュアンスを、完全に裏切ってる、と思うんですけど。それとも、あれかい、プライベートバンクも、ああいうノリは、新規(新興富裕層)顧客開拓のための美辞麗句にすぎないということだろうか。
by michikonagasaka
| 2010-12-20 23:21
| 身辺雑記
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