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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2011年 10月 14日
娘の通う学校(フレンチ・リセ)の標語は
"Dans la vie rien n'est à craindre, tout est à comprendre". というもの。キュリー夫人の言葉だそうだが、これを適当に訳せば 人生に恐れるものはない。すべては理解すればいいことなのだ。 というような感じ? さすが明晰さを重んじるデカルトの国(我思う、故に我あり)。そしてさすがは科学者の言葉、と、一応は感心する。けれど、フランス人でも科学者でもない私としては、「そんな〜、あり得ない」という気持ちが圧倒的に勝ってしまう。 まず第一に、人生は怖いことがいっぱい。そして第二に、理解できないことばかり、というのが私自身の世界認識であり、人間観でもあるから。 ![]() 近頃、「怒らないこと」という本を読んだ。スリランカ初期仏教の長老アルボムッレ・スマナサーラさんが書き、すごいベストセラーになっている本らしい。だいたい、ベストセラーときいただけで回れ右をしがちな天の邪鬼ではあるのだが、昨夏、帰国したときに本屋さんの店頭で平積みになっている同書に、なぜか引き寄せられるようにして、気づいたら手にとり、思わずレジに突き進んでいた私。夏のあの頃、私自身、身辺の困難ごとがいろいろあって、心が大いに弱っていたということもあったかもしれない。「本に救いを」という思いで、本屋さんをクルージングしているときというのは、やはり「救いにつながりそうなもの」にピピッと反応するもので、心が元気なときとはちょっと異なるフィルタリングを絶対にしているからだ。 仏教において「怒り」とは何か、というところからひも解いて、だから「怒らないことがよいことである」というシンプルな結論を導く本書は、だが、いわゆるコーチング的なものでは決してない。あくまで仏教の教えに依拠したお話であり、「人生=苦」という大前提、「すべて=無常」という大前提のうえに乗っかった、非常にまじめなお話である。 だがこれが、妙に心に響くのである。目からウロコ、というようなこと、疑り深い私にはめったのことでは起こらないのだが、今回は、目からウロコだらけである。 クリスチャンの家庭に生まれ、幼児洗礼を受け、大学では西洋哲学(しかも中世スコラ哲学ですから!)を勉強し、その後、二十代後半からはずっと欧米暮らしを続けてきたものとして、遅ればせながら、この仏教的世界観というものが、ものすごくものすごく新鮮で開眼することしきりなのである。デカルト的明晰さをこそ信奉してきたはずだったし、日本語における曖昧さの側面をどこか煙ったくじれったいものとして感じ続けてきた人生だったにもかかわらず、今、なんだか私、ちょっと仏教モードなのだ。 キリスト教でも、右のほほをたたかれたら左のほほを差し出せ、というようなことを言う。イエスはけっして怒りん坊ではなかった。けれど、決してなくなることのない戦争、殺戮、口角泡飛ばして互いをやじりののしる政界、財界、その他、世界のどこを切り取ってみても、人々は怒ってばかりいる。 この世には説明不可能なこと山積みである。解決不能なことも山積みである。ほんの小さな我が身ひとつとってみても、まさにそのとおり。そうであれば、今ここで、「解決しようと躍起になる」ばかりでなく、少し、あるがままに任せるという態度でのぞんでみてもいいかもしれない、と、思い始めている。こうして文章にしてみれば、たいしたことに聞こえないかもしれないが、これ、私という人間のたどってきた精神的軌跡からすれば、かなり画期的なことである。 Dans la vie tout est flou. Tout n'est justement pas à cpmprendre. Et c'est OK ainsi. キュリー夫人の向こうをはって、このように高らかに宣言してみたいところだ。(人生は曖昧だらけ。理解できないこと、たくさんあるけど、それでオッケーとする) 怒らない、怒らない。 上記の本読了後以来(ということはわずか2日だけど)、一応、私も修行モードに入り、怒らないようにしている。いや、本書によれば、怒らないようにと必死に我慢することが目的ではない。自分の中の怒りの発生過程を理解し、認識することによって、少しずつ「怒らない自分」になっていくことこそが意味あることなのだ。う〜ん、とても難しそうだが、やってみる価値、ありそうだ。
by michikonagasaka
| 2011-10-14 21:08
| 考えずにはいられない
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