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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 01月 09日
子どものとき、親によくいわれたものだった。
「あんたは器用貧乏だから、そのまんまじゃ大成しないよ」 確かに、どっちかっていうとなんでも器用にささっと出来ちゃうタイプの子どもだったかもしれない。特にピアノは、ほとんど練習しなくても初見でけっこういけるので、大胆不敵にも、一週間、楽譜をカバンから一度も出さずして次のレッスンに臨み、さすがにちゃんとした曲のほうはさぼりが完全にばれるものの、練習曲(ハノンとかチェルニーとか、そういうもの)は、どれどれ、とぶっつけ本番で弾いて「じゃあ、来週は次のやってきてください」といわれることもしょっちゅう。少々罪の意識はあったものの、「ラッキー」という思いの方が圧倒的にまさっていて、なんだかそれでごまかし続けてきたようなところがある。 暗譜も簡単に出来たし、聴音なんかもなんだか簡単で、聞いた曲を楽器でそのまま再現できない人のことを「音痴だなあ」などと、これまた不遜なことを思ったりしていたものだった。ことはピアノに限らず、一事が万事、やや「ことを甘く見る」傾向をだらだらと引きずりながら、いつの間にか大人の年齢になっていた。唯一の例外といえば大学受験で、高2までの低迷した成績からの奇跡的挽回を果たすため、それはもう「二度とあり得ない」ほどたくさん勉強し、なかなかうまくいかなくて辛かったり苦しかったりしたことくらいだろうか。 親の予言は見事に的中し、どの分野においても私は大成するどころか、低空飛行で早や何十年。いつしか、「そのうちきっと」などという思いも消え、正真正銘のその日暮らしの人になってしまった。 そしてそんなその日暮らしの中で何十年ぶりかで再開したピアノのお稽古。そこで実は私は愕然としているのである。 器用貧乏? 器用? なんですか、それ??? 子どものころ「簡単」と思っていたのは、あれは単なる幻想だったのか。あるいは、曲自体があまりに簡単だったので、たいして練習せずともなんとかなっていただけだったのか。 譜読みの段階で弾きづらいところが山ほどある。それはまあ当然なので仕方がない。で、そこを集中的に練習する(ここが子ども時代と大いに異なるところ)。たとえば一つのパッセージを、20回とか30回くらい練習するとする。最後のほうには、さすがにだんだん弾けるようになってくる。よっし、このへんでオッケーとするか、と、次の弾きづらいところにとりかかる。そんなことを繰り返し、その日は時間切れになる。翌日、または翌々日(翌日に時間が全然取れないときなど、間に数日空いてしまうこともある)、前回、だいたい弾けるようになったところに「さてもう一度」と挑戦する。と、非常に失望することに、あらやだ、完全に振り出しに戻っていたりするのである。 えっ、きのうのあの練習の成果は一体どこへ??? ひょっとして脳細胞のどこかには、わずかながらの変化が刻み込まれているのかもしれないけれど、少なくとも表面上は「相変わらず、全然、弾けないじゃん」という状態で、それはもうがっくりくるのなんの。 先生は「1000回くらい、いや1万回くらい練習したら、きっと完全に自分のものになりますよ」とおっしゃるが、さて、その「1000回」というのは、白髪三千丈的な数字なのか、それともliterally soなのか。いずれにしても、私には1000回も練習する根性も根気もなければ、時間もない。だから一週間たっても二週間たっても、相変わらず、弾けないところだらけで、それはもう地団駄踏む思いなのだ。 年のせいだろうか(あるだろう、それはもちろん)。 自分の実力と曲の難易度がかけ離れているせいだろうか(それも、やっぱりあるだろう)。 いずれにせよ、なかなか辛い状況で、なんだか子どもみたいにふてくされたり、すねたりしたくなってくる。 ふと思い出した。子ども、といえば、器用貧乏といわれていた幼少時、それでもたまに、そんなに簡単には弾けない箇所というものはもちろんあった。そんなときの私はたちまち忍耐切れでかんしゃくを起こし「これはもう絶対に永遠に出来ない。不可能」と親に当たり散らしたりしていた(記憶がかすかに、けれどはっきりとある)。そんなとき、クールな母は、 「前回もそうやってかんしゃく起こしてたけど、そのうち出来るようになったじゃない。だからきっと今回も弾けるようになるわよ」 「いや、今回こそは絶対無理。無理ったら無理」 私の対極、「不器用な努力家」である妹は、幼稚園の器楽合奏で太鼓の役をもらったはいいけど、「た、たーん、た」というシンコペーション系リズムがどうしてもできない。私がつきっきりで、「だから、た、たーん、たって、ほら、こうやって」 と手を一緒にもってやったり、手拍子してやったり、足踏みでみせたり、一生懸命教えるのだけど、彼女、本当にできないのである。そのうち、こっちがいやんなってきて、「もう、なんでこんな簡単なのできないの」と、匙を投げたわけだが、そのあとも妹は何度も何度も「た、たーん、た」「た、たーん、た」と文句一ついわずに、でも目に涙など浮かべながら、もくもくと練習する。そして、三日経ち、一週間たち、10日たって、とうとう彼女は「た、たーん、た」をマスターした。涙をいっぱい流しながら、けれど、決してあきらめることなく、人の何倍も時間をかけて、とうとう彼女はマスターしたのだ。 「す、す、すごい」 子どもながらに、私は妹の示したこういう静かなたゆまぬ努力というものの輝きに端的に感銘を受けたものだった。 あ〜それにしても、器用貧乏から「器用」がなくなっちゃって、そして「1000回練習する根性」ははなからないとなれば、それはもう絶望的な状況である。 母の予言はどこまでも正しくて、ピアノを前にした私を非情に打ちのめすのだ。
by michikonagasaka
| 2012-01-09 00:44
| ピアノのお稽古
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