序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 01月 10日
先日、久しぶりに映画館で映画を観た。
A dangerous method というこの作品、心理分析のユング、その師だった(でも途中から訣別した)フロイト、そしてフロイトのもとからユングに送られてきた美人ロシア人患者サビーナの三人を主役にしたお話だが、かなり事実に忠実につくられているものらしい。 精神分析という分野のパイオニアであり重鎮であるフロイト。その彼を師と仰ぎつつも、途中から理論上の訣別を果たし、独自の世界観、人間観を築いていったユング。そして、そのユングに、最初は患者として出会い、後に彼の愛人になるも、結局は捨てられ、自らも精神分析家となったサビーナ。それぞれに味のある役者(サビーナ役のキーラ・ナイトレイはシャネルのCMキャラクターとしても有名)を配し、緊張感がず〜っと続いたまま、一気に結末へとひっぱっていく、なかなかに見応えのある映画だった。 それにしても、ユングというのは不思議な人だ。スイスのチューリッヒで、最初は病院勤務の精神科医としてキャリアをスタート(映画の物語もこの時代からはじまる)。ものすごいお金持ちの女性、エンマと結婚し、彼女の財産で生涯、物質的には何一つ苦労することなく、いや、苦労どころかとても快適で恵まれた暮らしを営む。やはり彼女の財力のお陰で研究に没頭することもできたし、プライベートのクリニックをオープンすることもできた・・・とその点は、偶然か謀(はかりごと)かはわからないけれど、なかなか「うまくやった」という印象をどうしても受ける。 箱庭療法とか、夢分析などで知られ、そして文化や民族の違いを超えて、人間にはなにか共通する根源的な無意識(集合的無意識)というものが存在すると考えたユング。彼の名前と評判は、私が理解している限りでは、アメリカと日本でかなりポジティブなリアクションを得ているのに対し、地元スイスをはじめとするヨーロッパではなぜか今ひとつ。そのたぶんにミスティシズム的な傾向が、明晰や科学的であることを是とするヨーロッパ的(とりわけフランス的)なものと相性が悪かった、というのが、これまた私の素人理解。かくいう私自身も、ユング的な説明を聞いたり読んだりしていると、人間の心をとても豊かで創造的なものととらえている部分はなるほど魅力的なのだけれど、逆にどこか禅問答的というか、曖昧で神秘的な部分が出てくると、思わず身構えてしまって、とりあえず判断保留にしておこうかな、という気分にどうしてもなってしまう。 映画中に描かれるユングは、いったんはサビーナの魅力の虜になって、彼女との愛と性に「自分を解放する」方向に行きかけるのだが、結局はそこに世俗的なブレーキがかかって、最終的には彼女を「捨てる」ことになる。スイスのプロテスタント的ブルジョワをまるで絵に描いたような風貌と、価値観。そして、はちゃめちゃな自由人、奔放に溺れる「堕落人間」というところにいってしまわないように、それはそれはきっちりと境界線を引く、「分別そのもの」の常識人。あ〜なんてスイス的な人なの、と、それは肯定的、否定的双方の意味でそうなのだけれど、そのあまりにカリカチュア的な描かれ方は、とても分かりやすい反面、ほんとにそれだけだったのかな、と疑問に思ったりもする。(ちなみにフロイトとサビーナは共にユダヤ系。精神分析という領域におけるユダヤ人の存在感にあらためて思いを馳せると共に、そんな中にあって、逆にユングのプロテスタント(キリスト教)的なるものが浮き彫りになってくるという印象も個人的にはけっこう強かった。神秘的な方向に屈託なく走っちゃえるところも、とどのつまり、キリスト教的メインストリームの側に属している人間ならではの特権だった、と穿った見方もできそうだし〜と、結局はどっちが「異端」どっちが「マイノリティ」、どっちが「エスタブリッシュメント」というような話になるのだが。) もちろんユングとて、サビーナを捨てるにあたっては、それなりの苦悩もあり、いや、そもそも最初にサビーナの側へ思い切って行っちゃうまでの逡巡、怯えは相当なもので、そういうところは非常に人間らしいというか、極端に走ることがそもそも不得意な人間ならではの、実直で正直な苦悩というものが感じられて、その部分はなかなか好感がもてる。(逆にフロイトのほうは、全編をとおして、トータルにチャーミングな人物として描かれている。脚本や演出だけでなく、役者の魅力せいもあるかもしれないけれど) チューリッヒは、そんなユングの出身地、彼が生き、研究し、治療をし、家族を築き、不倫もした(サビーヌだけではない)土地ということもあって、ここに住んでいると、なるほどユングはかなり身近な存在だ。もともとのユング研究所が内紛だかなにかで二つに分裂し、現在はユング派分析学を教えたり研究したりする施設は市内に二つあるのだが、こちらに留学してくる日本人留学生は、のべにすると相当な数になると思う。そしてその背景として、河合隼雄氏の日本でのユング紹介という功績の力がものすごく大きく働いていることは間違いないだろう。 ユングの功績と、その限界、あるいは弱点。ただ彼をやみくもに無批判に神格化する方向ではなく、酸いも甘いもすべてひっくるめた形で、彼を理解してみたいものだ、という野望をかなり前から漠然といだきつつも、その山の巨大さの前にひるみつづけ、あくまで第二ソース、第三ソースに頼る仕方で(たとえばそれは河合隼雄氏をはじめとする「紹介者」「解説者」の言葉を通して、あるいはユング心理学を勉強した友だちとのおしゃべりの断片を聞きかじる中から)これまで接してきたユング。きっとこの先も、その巨大な山に自分で登ろうという気にはなれないだろうな、と思うけど、チューリッヒの湖を眺めているようなとき、ああ、彼も同じ景色を見ていたんだな、というような具体的なイメージがわいてきて、ほんの少しだけ親近感を抱くことはできる。そして今回の映画のような刺激を時に受けつつ、ユングは私にとって「ちょっと近い人、でもよくわからない人」であり続けるんだろうな、と思う。
by michikonagasaka
| 2012-01-10 02:39
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