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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 02月 20日
今朝の新聞(Le Temps〜フランス語圏スイスの、一応代表的な日刊紙)にドビュッシーについての記事が3つも載っていた。「なんでまた、唐突に」と不思議に思いつつ、読み始めてすぐに、今年が彼の生誕150周年にあたることを知って納得がいった。
折しも現在、ドビュッシーのピアノ曲を二つ、練習しているところでもあったので、なんだかタイミングもよく、気分ものって3つの記事(といっても一つはディスコグラフィー)を一気読み。ちなみに記事は3つとも同じ記者によって書かれている。 内容とは直接関係ないことながら、この記者の文体が、なんというか、比喩とかちょっとポエジーっぽい言い回しのオンパレードなのがまずは目についた。内容とは直接関係ないと書いたけれど、考えようによっては、紹介記事そのものがドビュッシー的になっちゃっている、というふうにいえなくもない。 たとえば・・・・・・(フランス語、わからない人、読み飛ばしてください) まずはのっけからこんな出だし Si Wagner est une drogue dure, alors, Debussy est un doux opium. (ワーグナーがハードドラッグだとすれば、ドビュッシーはさしずめ甘い阿片といったところ) 次いで Il vous happe par ses climats, ses senteurs, «les sons et les parfums qui tournent dans l’air du soir», pour paraphraser l’un de ses Préludes. (ドビュッシーは、その空気、その香りで人をつかむ。そのプレリュードの題名を借りるならば、まさに“夜気に漂う音と香り”とで人をつかむのだ)※ その数行先には Il ressent plus qu’il ne sent, il suggère plus qu’il n’assène. (感覚的というよりは、感情的な人。彼は押し付けるのでなく、そっと示唆するのだ) そして Ses contemporains ont taxé sa musique d’«impressionnisme vague» – ce fameux mot qui colle à son style – alors qu’il n’y a rien de plus précis et de plus lumineux que sa pensée musicale. (同時代人からは「曖昧な印象派の音楽」と揶揄されもしたが、そしてこの有名な形容が彼のスタイルにはつきまとうことになるのだが、実際は彼の音楽的思考ほど厳密、そして光あふれるものはないのである。) というふうに賛美、 Debussy a opéré sa révolution en silence. (ドビュッシーは静かに革命を起こしてみせた) と宣言した上で、どんな革命だったかを説明―ー Il a pulvérisé les lois de l’écriture classique. Il a joué sur l’ambiguïté des fonctions tonales. Il a frôlé le monde de Schönberg (l’atonalité) sans jamais se laisser enfermer dans un système. Sa musique recèle toujours une part d’énigme quand bien même on s’y est frottée en profondeur. (古典派の流儀を粉々にし、音階の機能の曖昧さをもてあそび、シェーンベルグ的無音階の世界をほぼかすめ、かといって、一つのシステムに閉じこもることは決してなかった。彼の音楽は我々が深く掘り下げようとすると、その神秘の一端をさっと隠してしまう) 享楽的、贅沢好きの側面もあったらしい彼の人となりを、 Mondain dans l’âme, révolté dans les actes. (社交的、行動の上では反逆児的) と描写した上で、その音楽の神秘性については Le non-dit, l’émotion à fleur de peau. (沈黙という言葉、壊れそうに過敏な感情) などと形容。 とにかく、全文、ほぼこんな調子なので、読む方としては、雰囲気は非常によく伝わるものの、日本語にしようとした瞬間、すべてが雲散霧消というか、なんだか霧のかなたに消えてしまうような感じ。 別にこれが悪いといっているわけではない。なにしろ原文にとどまっている限りは、いいたいことはかなりよくわかるし、商業用文章とかポップソングの歌詞などによくありがちな安っぽい美辞麗句的なものとはもちろん比べ物にならない。 美辞麗句や象徴的形容の多用といえば、ジャーナリスト用に書かれた新商品のプレスリリースの類なんかはまさにこのタイプ。かつてフランス語を知らなかった時代に、こうしたプレスリリースの日本語訳を私たち編集者はしょっちゅう手にしたわけだが、そのたびに一同、 「?」 プロの翻訳者ではなく、少々フランス語をかじったくらいのプレス担当者などが適当に訳している場合が多いわけで、訳自体がこなれていないことを差し引いたとしても、いかんせん、原文自体が日本語に訳したときに「意味をなさない(なしにくい)」代物であることが多いという事実は間違いない。フランス語とは、一方でデカルト的明晰をよしとする言語でありながら、他方、内容空疎な美辞麗句を無自覚に列ねた、バタークリームたっぷりこってりの(すべてにおいてtoo muchの)出来の悪いフランス料理にも通じる「世紀の大悪文」へすべり落ちる可能性を大いに内に抱えた言葉であることを、つくづくと思う。 その連想でもう一つ。◯◯人のジョーク集というようなもの、これはフランス語に限ったことではないけれど、あれを日本語に訳すのも非常に難しい。「ねえねえ、それってどういう意味?」と聞かれ、しぶしぶ訳したとたん、「・・・?」という冷たい空気が立ちこめ、その気まずさをなんとかしようと必死になって「補足説明」を加えたこと、過去に何度あったことか。最悪なのは、ジョークを発した本人(非日本人)が、「是非、これを君の友だちに訳してあげてくれ」と懇願するケース。最初から「どうせ受けないよ」とわかっていながら、それでもなんとかその人の名誉をあまり傷つけないように、と、それはそれは難産の訳文を披露したところが、やっぱり「受けない」のである。 ドビュッシーそのものの「翻訳不可能性」みたいなことにも、ふと思いがいった。 「甘い阿片」とかいわれてもなあ、という気持ちがある。だからむしろ言葉ではなく、情景とか絵(平凡だけれどそれこそ、モネの睡蓮、的な絵)、はたまた、若かりし頃、こともあろうに自分をもり立ててくれていたプロデューサーの妻と不倫してた、という、彼のそんな身持ち悪そうな側面なんかを「ふ〜ん」と想像しながら、楽譜に向かう。そうだ、それがいいんだ、きっと。 ※このプレリュード(前奏曲)は日本語では「夕べの大気に漂う音と香り」と訳されているようだ。
by michikonagasaka
| 2012-02-20 20:29
| 混沌マルチリンガル
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