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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 02月 22日
こんなときが来るとは思っていなかった・・・わけではもちろんないのだが、先手を打ってあれこれオーガナイズしておくだけの用心深さや思慮深さを持ち合わせず、その上、私は遠いスイス暮らし。多くの人が経験する「親の老後」に遠隔というさらなるハンディが加わり、そして事情はここにきていよいよ急展開。慌てふためいて、ここ数日、狂ったように情報を検索し続けている。
子の思惑と親の思惑、さらには複数、子がいればそれぞれの思惑が美しいハーモニーで合致するなどということは、もちろんあり得ない。「よかれ」と思ってすることが、相手には「余計なお世話」だったり「気が乗らないこと」だったり、という、実に平凡な葛藤に私もまた、日々、さらされている。 私がスイスでお手伝いしているケアチームジャパンという相互援助組織には、「遠距離介護」に実際的に取り組む部門があり、理念やシステムの上で、私もこれはなかなかよいのではないかと思ってきた。そのうちの一つ、ナルクスイスでは、日本のNPOナルクと提携し、スイスで貯めたポイントを日本の両親の援助のために活用する、というシステムを積極的に導入。すでに多くの方がこのシステムを利用している。 だったら私も、と思って、数年前から会員になり、ボランティア活動などを通し、ささやかながらポイントも貯めてきた。ことあるごとに「こういうものがあるから、是非、利用してね」と親にはすすめてきたが、今日に至るまで、1ポイントたりとも利用してもらっていない。両親の住む土地の地元のコーディネーターの方を紹介してもらって、そちらからコンタクトをとっていただくことまでしたけれど、当の本人、ちっとも利用してくれない。あまりしつこくいってもうるさいだろう、と私も遠慮しつつ、けれど、介護共倒れの危機に何度も直面している両親を遠くから見るのも忍びなく、さりとて、どかどかとしゃしゃり出て行くこともはばかられ、そんなかんなでずるずると年月がたってしまった。 そうこうするうちに父は入院。ずっと付き添う母も、簡易ベッドに寝起きし、売店買いの菓子パン、弁当で食いつなぎ、そして認知症の父に振り回される密室暮らしで心身共に極限状態にあることを、このたびのとんぼ返り帰国で目の当たりにし、ああ、これはよくない、本当によくない、と痛感。けれど、だからといって、「お父さんの介護はプロの方にお任せして、お母さんは自分のことももっと大切にしないと」などというアドバイスは、そうそう気軽に口にできるものではない。張り切ってあれこれ仕切るばかりが能ではないとはわかっているけれど、でもじゃあ、どうしたらいいのだろう。 病院では看護師さんたちがとてもよくしてくださるし、担当のお医者さんもなかなか出来た方という印象を受けたので、その点では安心したが、ひとたび体のほうがある程度回復してきたとしたならば、いつまでもこうして入院し続けるわけにもいかず、かといって、今のような要介護の状況でいきなり自宅で二人きりというのはいかにも心もとない(というか、実際、無理だと思う)。けれど「人の手を借りる」ということに対し、私など想像もつかないくらいに母には抵抗があるようで、そこのところが大変難しい。 年賀状やクリスマスカードにみんながにっこり笑った家族写真を掲載するという、あの流儀が、どういうわけか私は昔から苦手だった。いや、人からいただくぶんには一向に構わないというか、むしろ、写真を通してお子さんの成長ぶりなどを拝見するのはとても嬉しいことだ。けれど、自分からそれをやる、ということはついに一度も行なわないまま、この夏には上の子どもは家を出て大学生生活をはじめる年齢になってしまった。家族というものがもつ、重い側面、負の側面に全部ふたをして「幸福そのもの」という様子を外に向けて公表するという部分におそらくは居心地の悪さを感じるからこそ、写真付き年賀状には手を出さないできたのだろう。ひねくれた性分だとは思うけれど、今さら自分を大きく変えることはできないので仕方がない。18歳で家を出て下宿生活を始めて以来、遠くにありながらそれとなく気にしつつ、けれどこちらから甘えるとか頼るというようなことは可能な限り封印した形での付き合いを、私は自分の家族に対して行なってきた。これも長子の宿命、はたまた、私自身の気性のなせるわざか。 けれどできうることならば、我が家族が抱える重い側面、負の側面をも全部ひっくるめて、いびつだったり、傷つけ合うことが多かったりしながらも、なんとか仲良く助け合ってやっていきたいものだと切に思う。老いていく親、子どもみたいになってしまった父。子育て真っ最中だったり仕事の上でのチャレンジに直面して、ばたばた忙しくしている兄弟たち。そんな私たちが、もう一度、仲良く助け合えるならば、子どもみたいになってしまった父も少し安心するだろうか。安心してよく眠れるようになるだろうか。
by michikonagasaka
| 2012-02-22 08:11
| 身辺雑記
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