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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 05月 25日
世の中(日本語話者の世の中)には、「オレ」派の男性と「僕」派の男性がいるのだ、ということに近頃、つくづく感じ入っている。今頃になってこんなことに気づくというのも間抜けな話だが、ことの発端はフェースブック。お友達申請が舞い込んで何十年ぶりかでコンタクトが復活する、というのは、中年ソーシャルメディア・ユーザーには日常茶飯事の出来事で、ご多分に漏れず、私の身辺にもそのようなことがしばしば起こる。そんな日々、受け取るメッセージやTLにアップされるポスト※の書き手の「昔の同級生」「昔の同僚」のうち、かなりの数の男性が「オレ」使いだったのが、なんだか妙に新鮮だったのだ。そしていったんこのポイントに意識がフォーカスされてしまったが最後、「この人はオレ」「あの人は僕だったんだ」と、内容そっちのけでその人の一人称タイプにばかり、目がいってしまう。
話がとっても飛躍するが、初対面の人の印象をあとで思い出そうとするとき、「髪は何色だった?」という質問にちゃんと答えられた試しがない。いや、初対面とは限らず、何度も会っている人、あるいはセレブの誰それに関しても、さて、髪の色はなんだっけ? と思い出そうとしても、金なんだか茶なんだか赤なんだか、かなりの比率で思い出せない。それをうちの子供たちは「なんで、そんなの覚えてないの? 信じられない」と呆れ顔で不思議がるのだが、彼らにしてみれば、その人がブロンドなのかブリュネットなのかというのは、真っ先に目に入る要素のひとつで、その人の印象を決定するにあたり、かなり重要なポイントなのであるらしい。片や、茶髪が普通のことになる以前のニッポンで生まれ育った私にとって、「髪の色は大なり小なり黒」という大前提は長年にわたり不動のもので、その後、さまざまな色の髪に囲まれて暮らす生活が20年以上にもなるというのに、どうやら「髪の色」というものに鈍感な部分は変更され得なかった模様である。 それに反して、◯◯君が「オレ」派か「僕」派か、ということになれば、私はものすごく正確に30年前の記憶を掘り起こすことができるし、もちろんきのう会った人がどっち派か、というのもけっこう覚えている。「わたし」も「わたくし」も「オレ」も「僕」も全部いっしょくたに「I 」だの「je」だの「 ich」だのに集約されてしまっている言語圏で長く暮らしたにもかかわらず、この部分の感性に限っては死に絶えるどころか、きわめて敏感に健全なままであった、そういう事実そのものに自分でもちょっと驚いている。 三月に亡くなった父は、ずっと「オレ」の人だった。そして仕事の場では「私」の人だった。けれど、息子たち(=私の弟たち)は三人とも揃って「僕」派。彼らが「俺」と発したのを私はたぶん一度も聞いたことがないと思う。友だちや昔の彼、仕事の同僚などの顔を思い浮かべながら、さて、どっちが主流なんだろうかと考えてみるに、どうやら「俺」のほうがやや多いような印象があるが、その類型化となると、これは案外難しい。 おぼっちゃま育ち風が「僕」で、ばんからタイプが「俺」かといえば、必ずしもそうでもない。皇族にお友達がいるような人がだみ声で「俺」というケースもあれば、元ヤンキーなのに、そういえば、彼は当時から「僕」だったっけ、というケースもある。あれ、じゃあ関西弁圏ではどうだったかしら、と、京都で暮らした学生時代を思い起こすと、これは圧倒的に「俺」が勝り、「ぼくな、今日、いかれへんわ」などという文章自体が今ひとつ成り立たないイメージ。かくいう弟たちだって、家族に対しては「ぼく」だったけど、友だちには「俺」だったのかもしれないな、と、突然、疑いが湧いてきた。いや、そもそも一人の男が相手によって「僕」と「俺」を使い分けるということも、そういえば、と、次々実例が思い出されるし、一生のうちに「僕」→「オレ」→「僕」と、変遷していく人もいるしね、と、そのバリエーションの豊かさにしばしうっとり。 そしてこれはおまけで思い出したことなのだが、「自分のこと、僕っていうような男、やだわ、私」と、確かに若い頃の私は思っていた節がある。もちろん今となっては、僕でもオレでも全然構わない、その人の個性だし自己表現だし、あるいは相手との関係性の表示だし、まあそれぞれでいいんじゃないの、と寛容も許容性もたっぷり身についたが、あの若かりし日の「こだわり」はなんだったんだろうと、そう思いを巡らすに、男がちょっと威張ってるくらいの感じがいい、と(今では想像もつかない)男尊女卑的価値観にしっかりからめとられていた「ぶりっ子世代の若い女だった自分」というものが浮かび上がってくる。いや〜多くの年月を重ねてきたものだ、と感慨ひとしおである。 呼びかけの「君」と「お前」というのもそういえばあったね、と、ふと思い出す。それが「僕」と「オレ」に多少のズレを含みながらパラレルに対応していることも。地域による語感の差異はここでももちろん明らかで、名古屋から京都に移住した当初は、関西人に「で、自分はどうなん?」と聞かれて、それが「君」の意味であることがなかなかピンとこなかったし、次いで京都から東京に移住した当初は「で、君は?」と聞かれたりすると、なんというか「虫唾が走る」ような気味悪さを覚えたっけと懐かしい。 ああ、どうでもいいようなことで、だらだらと駄文を連ね、締め切り原稿も抱えた身だというのに、なんとはなしに軽く自己嫌悪。さてと、これから標準日本語で書くお仕事をしなくては。 ポスト=日本語では「投稿」というんですね、あたらしいツールが出るたび、それにまつわる新しい日本語(または日本語の用法)を知らないままでいる、ということ、本当によくあって、時に先方には「?」ということもあるかと。
by michikonagasaka
| 2012-05-25 05:10
| 考えずにはいられない
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