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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 06月 01日
中国人ビジネスマン相手に上海で行なう講義の準備をしていた夫が、「ちょっと確認したいんだけど」と私に一枚のパワーポイントスライドを送ってきた。
そこには不細工な手書き(縦書き)で 危 機 という文字が書かれ、その下に普通フォントの横書きで dangerous opportunity と英訳らしきものがついている。 確認って、何を? とメールを返送すると、すぐさま返事が戻ってきて、 「危機の“危”はdangerous “機”はopportunity で合ってるのかを知りたい」ということだった。 危=dangerousはいいとして、はて、機という文字にはopportuniyに含まれるポジティブなニュアンスは果たしてあるのだろうか、と考えた。好機といえば、chance, good opportunityということになるだろうが、機一文字だけだと、そこには好悪の価値を差し引いた、単なる「時」の概念だけしかないのではないか、というのが私の直感的な判断だったからだ。 早速、手元の辞書を調べたり、ネットであれこれ検索してみたところ、やはり私の直感は間違ってはいなかったようで、「機」はニュートラルな時の概念を表す漢字であるらしいことが判明した。(もちろん機織り機とか、マシーン一般などの意味を除いての話である) なんでもこのスライドは、同じシリーズのレクチャーを昨年までやっていた前任の教授(英国人)が使っていたもので、引き継ぎに際し、資料一式と共に講義に使えるようだったらどうぞ、ということで夫に手渡されたものだということだった。このスライドを大きく映し出し、中国人学生相手に「ビジネスにおけるクライシスというのは、単にネガティブなものであるわけではありません。ほら、あなた方の言葉が端的に示すように、それはまた、潜在的な可能性を秘めたopportunityでもあるのです」というような話にもっていく・・・というのが、その前任教授の講義の進め方であったらしい。それを、じゃあ、自分も使ってみるかと思ったものの、万が一、ピントはずれだったら恥ずかしいし、一応、漢字を知ってる妻(←私)に確認をとっておこう、というのが、夫の質問の動機だったのだ。 中国語を知らない私としては、中国人が「機」という字にどんなイメージを抱くかという点に関してはなんともいえないが、少なくとも「字源」的厳密さからすれば、これをさらっとopportuniyと訳してしまうのは誤訳といえるのではないか、と彼には答えておいた。 昔っからビジネススクール的コンテクストにおいては、中国の故事成語、孔子や老子の台詞などがキャッチフレーズ的に使われることがけっこう多く、そこに見え隠れするのは「東洋の英知に習え」「真実はすでに1000年前にいわれていた」というようなアプリオリな大前提。ビジネススクールの発祥背景(アメリカでスタートし、欧米諸国に広がった)から明らかなように、これは東洋というツールを使って欧米人が欧米人を煙に巻くための、非常に有効なレトリックなのである。 ビジネススクールとは縁もゆかりもないながら、夫がその関係の仕事に長年携わっていることから、いわゆる耳学問でビジネススクールのテキストブック的ディスクールというものに私もまた、たびたび触れる機会があった。元来が疑り深い質(たち)で、「一次資料に当たる」ことをなるべく自分に課してきた人生だったため、お手軽なキャッチフレーズ的ディスクールには、「え、本当にそんなこといっちゃっていいわけ?」「チープすぎる、安易すぎる、薄っぺらすぎる」と、批判的に構えるくせが染みついている私である。ネタが東洋であれば、なおさら疑い深さも極まって用心深くもなるというもの。今回の「危機」エピソードに際しても、ああ、またやってる、東洋のお手軽ミスティフィケイション(神秘化)、と笑い半分、呆然半分。 とはいえ、漢字文化圏に生れ落ちた私たち自身でさえ、目の前に英語で講義する米人のプロフェッサーがいて、その彼(彼女)が、「クライシスとは、その漢字表記が雄弁に物語るように、まさにdangerous opportunity 、そうそれは、またとない成長発展へのopportunity, chanceなのです。」などとそれこそ雄弁に物語ってくれたのであれば、ほーそうか、なるほど〜とすっかり自分たちも煙に巻かれてしまう、そういう可能性はものすごく大きい。 せっかく相手が「おお、東洋の英知とはなるほど奥深いものよ」と盛り上がってるときに、「いや、そういう深い意味は特にない」などと反応することは、ときに座をしらけさせ、相手をがっかりさせるものである。けれど、真の「文化交流」をしたいのであれば、時には相手の幻想を打ち破り、相手の期待を裏切り、相手の思い込みを訂正する勇気も必要なのではないかと思う。 日本の外に暮らして20余年。その年月は、ステレオタイプの門切り型「比較文化論」を眉唾なしでは見られない人間になっていく道のりでもあったわけが、それはまた、マイノリティであることを潔く引き受ける孤独の道でもあったことを(つまり話が通じる相手がどんどん少なくなっていくことを)日々、痛感している。 冗談まじりのつもりが、とんだ真剣勝負な話になってしまった(やや反省)。 結局夫は、そのスライドは使わなかったらしい。もしかしたら、それなりに大受けしていたかもしれないのに、いらぬ水を指したかな、と、私も今ひとつすっきりしない気分ではある。
by michikonagasaka
| 2012-06-01 20:45
| 混沌マルチリンガル
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