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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 08月 24日
![]() この夏、久しぶりに京都を訪れた。アメリカの大学に進学する18歳の息子に「ママがあなたの年齢で一人暮らしをはじめた町を紹介する」というのがその趣旨で、だから、名所旧跡は一切パス。その代わりに、私の母校を訪ねたり、下宿をしていた界隈をうろうろしたり、上等の懐石料理をふるまってやったり、五山の送り火を鴨川河川敷から仰いだり、当時の定番バス5番に一緒に乗ってみたり、と、そんな具合の旅。 ほとんど痛々しいほどに感受性の鋭い我が息子は、そうした母親の青春の跡地のひとつひとつにどうやらいろいろな思いを抱いたようで、いつになく神妙だったり、あれこれ質問してきたり、こちらが思わずホロリとする感想を漏らしたり。それをもってして、この京都センチメンタルジャーニープロジェクトは大成功、と連れ回す側の私にとってもこれは大満足の旅だった。 折しも京都は、まさにこの世のものとは思われない極暑。蝉の大合唱が耳をつんざき、逃げ場のない熱気と湿気、灼熱の太陽の中、それでもあちこち、頑張って周り、いよいよ最終日。 「ママがここで大学生だったとき、よく一人で行ってたお寺ってのがあるんだけど、どう、行ってみる?」 そう恐る恐る尋ねてみると、思いのほかの快諾。で、出かけてきました、左京区の法然院。 今やすっかり観光地となってしまって、シーズンによっては、それこそここは渋谷か、と興ざめるほどの人出で賑わう「哲学の道」のちょうど真ん中あたり、鹿ヶ谷の丘にひっそりたたずむこのお寺が、30年前の私にとってのいわばパワースポットだった。哲学の道の北端には銀閣寺、南端には南禅寺。いずれも超メジャーな観光名所だけれど、真ん中の法然院はほとんど誰も見向きもしない、地味で静かなお寺。当時の私の愛車(?)、ヤマハの50ccバイク(当然、好みを優先すればヴェスパと行きたいところだったけど、お金なかったので止むなく)でここに乗りつけては、一人、本堂前の縁側に座って、ただぼーっとそこにたたずんだことがどれほどあったことだろうか。何しろ時間だけはたっぷり、ふんだんに有り余っていたあの頃、あの縁側で過ごした長い長い時間、それは何もしない時間だったけれど、ものすごく豊かで楽しい時間だった。「癒し」なんていう言葉が一般人の日常ボキャブラリーになるずっと以前の話。強いていえば、あの時間こそは、まさに癒しの時間であったことだった、というふうに、今頃になって思う。 案の定、下界の猛暑が嘘のように、そこはしーんと静まり返ったヒンヤリとさえする場所だった。 「ほらね、そのへんにバイクを停めてここからこんなふうに入ってね、そうそう、ここにこの池があったね、あのときも。砂山もあったね、あのときも。秋になるとね、あたりはそれはそれは素敵なオレンジ色に変わるんだよ」などとガイドさんみたいな口上を垂れながら、私は息子と一緒に境内を奥に進んだ。 「わ〜、デカ」 池にのっそりと生息する巨大な鯉に、彼は驚嘆の声を上げた。 「冷たくていい気持ち」 鹿威(ししおど)しの流水に手を触れて、彼は目を細めた。 私と息子以外、周りには本当に人っ子一人いない。ちょろちょろと流れる水の音、そして頭上高くから響いてくる蝉の声以外の物音も一切ない。何もかもが昔とそっくりで、私たちを取り囲む熱く静止した空気ですら、あの時と同じものであるような気がした。 ほどなく私たちは本堂に到着。黒光りする無垢の厚い一枚板が連なるその縁側に、私たちは靴を脱いで並んで腰掛けた。縁側の表面を手のひらで触れて、「ああ、気持ちいい」と息子はいった。人一倍、「触覚」の鋭敏な彼は、この木の質感がとても気に入ったらしい。 その縁側に、私はそのまま座った姿勢で、彼は「誰もいないから、いいかな?」といいながら、ごろんと仰向けに寝転がって、とりとめもないことをあれこれ話したり、時には何も言わずにただ静かにそこにたたずんでいた。 ふと、階段脇のところに置かれているささやかな体裁のチラシみたいなものが目に入った。いや、実をいうと、そこには数種類、チラシだとかパンフレットといった「印刷物」が几帳面に並んで置かれてあったのだが、その中でひとつ、一瞬にして私の注意を惹いたもの、それがこのチラシだったのだ。 ![]() それを手にとって眺めてみる。どうやらそれは、今、私たちが座っているこの縁側の背後の本堂内で行なわれるものらしい。へ〜、法然院、なかなかやるじゃん、とすっかり感心。格子戸の隙間から目を凝らして本堂の中を覗き込むと、暗がりの中、なるほどそこには意外なほど奥行きと広がりを持つ空間が広がっていた。ここにチェンバロを二台、運び込んでコンサートをするなんて、素敵すぎじゃありませんか!! 不慣れなニッポンの熱さと、母親仕立ての強行軍ですっかり疲れ果てた息子は、いつの間にかそこですやすやと寝息を立てている。鬼、いや愛息の寝入る間に、母の心は、しばし「今」を離れ、100パーセントの自由と無限であるかに思われた「可能性」に満ちていた「あの頃」へと飛び移っていった。このチェンバロコンサート、来たいなあと心から思ったけれど、その頃、私はもちろんここには来られない。 インテンシブな京都への旅も無事、終了。父亡き後、人生初の一人暮らしをなんとか頑張っている母と過ごした数日も、終了。懐かしい友人たちとの再会も、デパ地下や本屋や鳩居堂や一人暮らしのホテルで過ごした時間も終了。そして私は一昨日、普段暮らしの町チューリッヒに戻ってきて、息子は昨日、進学先のニューヨークへと旅立った。直前まで予想がつかなかったけれど、いざ、空港でバイバイという段になって、母さんはもうすっかり涙ぼろぼろ状態。 「あなたもね、どこか自分にとってのとっておきのパワースポットみたいな場所を見つけられるといいかもよ。寂しい時とか辛い時、そこに行くと心が慰められるようなそんな場所。ほら、ママにとってのこのお寺、みたいな」 縁側での午睡から目を覚ました息子に私はそんなようなことをいった。 「そうだね」 素直にうなずいた彼が、新しい土地で、「彼だけの法然院」を見つけられるといいな、と心から思う。
by michikonagasaka
| 2012-08-24 13:16
| 身辺雑記
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