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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 11月 20日
![]() ・・・といっても、毎日、(友人や娘と)日本語を話し、原稿やメールやブログで日本語を書き、そしてもちろん何かを日本語で読んでいる。大昔、船に乗ってマルセイユ経由で渡欧した先達と、21世紀の今、日本の外(それも先進国)に住んでいる私たちとは無論、比べるべくもない。 にもかかわらず、懐かしいという感傷がこの頃、ふつふつと涌き起こってくるのである。 義父が3週間ほど前、突然の脳溢血の発作に見舞われ、急遽手術を受けて現在、入院中。その義父のところへ私は毎日見舞いに出かけている。バグダッド出身の義父の母国語はアラビア語だが、子供時代、ミッション系の英語の学校に通っていたから英語もごく普通に話す。だが50年以上暮らしたスイスでは、ドイツ語はきちんと学ぶ機会もなく、私の方がまだ数倍マシという程度である。そのドイツ語もおまけに入れると、だから彼は2.5カ国語を話す人であった。 「であった」と過去形で書いたのは、他でもない、この脳溢血の発作により、彼は言語能力を(少なくとも今のところ)ほぼ、喪失してしまったからである。一時の昏睡状態、植物人間状態からはそれでもかなり回復し、ようやく流動食を食べさてもらったり、椅子にしばらく腰掛けたりということはできるようになってきた。間もなく90になるという年齢を考えれば、大した生命力である。しかし、マヒした右腕、右脚は、多少感覚が戻ったとはいえ機能しているとは到底言いがたく、そして言葉が全然しゃべれなくなってしまった。自分の船の船長のようにして、一族の酋長のようにして、唯我独尊のパイオニアを地でいく人生を送ってきた義父にとって、この喪失は、まさに自分を喪失すること、そんなふうに彼が感じていたとしてもちっとも不思議ではない。 その彼のところへ日参し、仕方がないから私がゆっくりゆっくりと一方的に話す。反応はあるし、イエスとかノーくらいはなんとかいえるので、それなりにコミュニケーションはとれるのだが、それはもうひどく時間とエネルギーを要する営みで、たった30分とか一時間、彼と向き合っているだけで、私はぐったりと疲れてしまう。 彼の親しい同郷の友人が二人、一日おきくらいの頻度で見舞いに来てくれる。先日、揃ってやってきた彼らと病室でバッタリ遭遇。私にはまったくチンプンカンプンのアラビア語で、二人は代わる代わる陽気に楽しげに義父に話しかける。返事がちっともないのもお構いなしに、話しかけている。千一夜物語でも聞いてるような、あるいはスークの絨毯売りのホラ話でも聞いてるような、そんな無茶苦茶な連想が私の中では勝手にふくらんでいく。 義父は時折、「馬鹿いってやがる」という表情をちらりと見せたり、口元に微妙な笑いを浮かべたり、「ほ〜なるほど」とでもいいたげな小さなうなずきをしたりしながら、二人の話に半分くらい耳を傾けている様子。そんなときには義父の中の東洋的陽気がふわ〜っと立ちのぼってくる。固まった表情にゆるみが出て、明るさの灯がぱ〜っとともされる。 アラビア語に限らず、英語でもドイツ語でも、自分からはほとんど何もいえないけれど、こちらのいうことは結構わかってるふうなのだ。けれど、病室に置かれた花かごを指差して「これはどなたから頂いたの?」と私が尋ねると「さあ・・・」という顏をする。花をもってきてくれた見舞客のことが記憶にないのか、それとも言葉がしゃべれないことへの羞恥心が彼にそのような「ごまかし」をさせるのか。それは今のところ、私には見極めがつかない。 ごく当たり前の反応として、私は、さて自分がある日、このような状況になってしまったら・・・ということを思う。普段の生活では日本語の他に、英語やフランス語、そしてサバイバルドイツ語で暮らしていて、それで特に困るということはない。ときには日本語では埋もれていた「もう一人の自分」みたいなものが、他の言葉で話したり考えたりしているときに登場してきたり、日本語のタガが外れるせいか、何か清々しい開放感のようなものに満たされるようなこともある。とはいえ、母語というのはそれはもう何物にも代え難い強力な縛りを自分に課すし、また生暖かい心地よさを与えてくれること、それだけは確か。 こうして雑文を綴っているときも、私はなるべく妥協せず、予定調和という安易な誘惑に打ち勝つよう、厳しい言葉選びを一応は心がけている。そういう営みを他言語で、それも同じレベルでしようとしたって、もちろんそうは問屋がおろさない。そう、厳しい言葉選び、「間」や「調子」への敏感さ、そして語る内容そのものの齟齬のなさや一貫性への自己チェック機能__こうしたもろもろをすべてひっくるめたところに自分の母語というものがある。もっといえば、友だちと馬鹿話をしているときや、フェイスブックのコメント欄に一言書くようなときですら、脳内の言葉選び機能はいつだってフル回転。脳細胞のその間断なき動きが、もし止まってしまったり、がっくりとスローダウンしてしまうようなことになってしまったら・・・・。 そうなる前に、あれもいっておかなければ、これも書いておかなければ、という焦り。それが昨今の日本語への懐かしさにつながっているのである。 それはちょうど、日本でしか見られない秋の山の彩りや、雑多な喧噪が響く街角、秋刀魚の焼けるあの匂い、礼儀正しく社交べたな人々のあの声や雰囲気・・・といったものを、「あと何度見ることができるんだろう」と思うときの感慨にもどこか通じる懐かしさである。(←ここで「感慨」という言葉を安易に使うこと、これが私の忌み嫌う予定調和である、が、他に適当な言葉が見つからず、ここでずーっと立ち止まっている忍耐が、今、明け方の私にはちょっと欠けているのでこのような不本意な仕方で流してしまう、そのことだけは一応、十分自覚している)。 昨日、注文していた本がamazon.jpから一気に届いた。あそこは海外向けには一律DHL発送で、しかも一冊につき400円だかの「発送手続き費用」なるものが加算されるから、結局二倍近くの値段になって馬鹿らしいったらありゃしない、と金銭感覚の鈍い私もさすがに思う。が、以前愛用していた他社が、なにやら企業の合併だか買収だかで海外からのカード決済ができないという今どき考えられない状況になってしまったので、やむなくアマゾンに依存するのである。 こうしてときどきガサッと本を注文するものの、読まずにそこに積んであるものも少なくない。それに加え、私の書棚の左端のほうには、いわゆる「古典」ものがいろいろ並んでいて、こちらはどれも少なくとも一度は読んだものばかりだが、二度目、三度目を読む時間が果たして自分には残されているのだろうか、という思いにかられて急にむやみに寂しくなったりもする。 日本に住む古い友だちとメールのやり取りをしたりしているとき、ああ、これは心からくつろげるなあと思う。とりわけ相手の日本語が、それなりに吟味されたものであり、暗喩や隠語やおかしみ、そして言葉のエクステンションの広がりに満ちたものである場合、私は時ににんまり、時にくすり、と共感したり感心したりしながら、それに釣り合うお返事を書かなければと張り切るのである。 古典文学からメールまで、受信の感性を最大限に鋭く設定しつつ、母語の大海にゆったりぷかぷか浮かんでいることの幸せを、さあ、あと何年、享受できるのか。そう思ったら、寝てるヒマないじゃない、ということにどうしたってなってくる。 発語力を失いつつも、受信という点では英語よりドイツ語よりずっとずっと敏感にアラビア語に反応する義父の様子に触れるにつけ、毎日の病院通いで身体は疲れるのだが、あまり眠れない、いや寝たくないと私が思う理由はどうやらそのあたりにもありそうなのである。
by michikonagasaka
| 2012-11-20 13:02
| 混沌マルチリンガル
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