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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2012年 12月 30日
![]() このクリスマス休暇、アメリカの大学に行っている息子がはじめての帰省をした。東部のリベラルアーツ系カレッジに在籍し、寮生活を送る息子の話を聞くにつけ、アメリカというのは大した国だなあと感心せずにはいられない。 その学校は、もとはといえばアメリカで最初の女子学生のための大学として150年前に開校。イエール大学の「妹校」的なポジションを確立(正式にシスターカレッジになっているわけではないけれど、世間からはそのように捉えられている)、当初は東海岸の両家の子女が多く在籍する名門校としてその名を馳せた。ジャクリーン・ケネディ・オナシスやメリル・ストリープなどのセレブ卒業生も多く輩出。1960年代に共学となり、現在は男女の割合が4.5:5.5くらいだという。 そうしたブリリアントな側面もそれなりに「大したもの」といえるのだが、圧巻は学生のバラエティにある。およそ15パーセントはアメリカ国外からの学生という点もさることながら、息子のクラスメートにどんな人がいるかという話を聞いていると、そのあまりの多様性にあんぐり空いた口がふさがらないほど。 友人のA君・・・父親はかつて刑務所に入っていたこともあるが、出所後、軍隊に入隊。ただし何の職歴も技術もない彼は、幹部はおろか兵士でもなく、トラックの運転手としての入隊だった。米軍キャンプのある国に家族と共に何年か暮らした経験を持つが、その際の住居はいつも最下ランクのものだった。家族や親戚は全員、生活保護を受けており、A君はこの家族歴代、初の大学入学を果たした青年だった。とはいえ、高額なアメリカの大学の授業料をA君の家族は到底支払うことができない。そこでA君、この大学も参加している奨学金プログラムQuestBridgeに応募。これはやる気があって優秀だけれど家庭の経済的事情で大学進学を断念せざるを得ない若者に、授業料&生活費全額免除という素晴らしいパッケージを提供するもの。SAT(大学入試用共通テスト)準備の塾に通うこともままならないA君だが、自力で関門突破。夢がかなって晴れてこの大学の学生に。 スチューデントカウンシル(生徒会のようなもの)の一年生代表を務めるB君は、リーダーシップにあふれるさわやかな青年。入学早々の選挙時には、未知の学生たち相手に魅力的でオリジナルな選挙運動を展開し、見事、当選。張り切ってカウンシル運営にあたっている。このB君、自らがゲイであることも堂々公表。なんでも彼のボーイフレンドはイェール大学に同時進学、そこでB君と同じようにスチューデントカウンシルの学年代表に選ばれたという。 韓国出身のLさんは、誰もがその名を知る有名企業の経営者の娘。けれどこの冬休み、彼女は両親の住むソウルには帰省しない。なぜなら両親の価値観と自分のそれとが大いに異なるために一緒にいるのが辛いからだという。親が送ってくれるファーストクラスのチケットを返却、大半の学生が帰省してしまいがらんとした寄宿舎で、彼女はフェイスブックで友だちとつながりつつ、一人、ピアノを弾いたり本を読んだりしながらクリスマス休暇を過ごしている。 アメリカ南部出身の黒人S君は、母子家庭、6人兄弟の長男。生まれてこのかた、生まれ育った州を離れたことはない。母はレストランで働きながら一人で子供たちを育てた。S君もまた、A君同様、QuestBritgeプログラムでこの大学に入学。授業の合間に、大学の図書館でアルバイトをし、それで帰省費用(長距離バス、グレイハウンドで30時間かけて帰省するのだという)や友だちと映画を観に行ったりするお小遣いを稼いでいる。 カリフォルニア出身のPさんは、ここ数年、熱心なヴィーガン実践者。週に一度「ノーミートデイ」プロジェクトを企画。普段はベジタリアンでない普通の学生たちが、彼女の意欲に打たれ、このプロジェクトに参加、毎週月曜日はカフェテリアでみんなで仲良くベジタリアンメニューを食べている。Pさんはまたアフリカの動物や自然を保護する運動にも積極的に参加。ちなみに、Pさんはバイセクシャルであることを公開している。社交的な彼女には、男女の友だちがたくさんいる。 ……まだまだ例を挙げればきりがない。100人学生がいれば、100人がそれぞれに強烈な個性やバラエティに富むバックグラウンドの持ち主で、生まれ育った環境や国籍、肌の色、宗教、その他、もうなんでもありである。そんな100人が、この大学の同級生という糸でつながり、互いの違いを尊重しながら共同生活を送っている。 大学からは定期的に親に向けてメールが送られてくる。ハリケーン騒ぎのときは、被害状況、避難体勢の模様が学長の名で逐一、報告されたし、先だってのコネティカット州の小学校での銃の乱射事件の折には、さまざまな理由でこの事件にショックを受けた学生たちのために大学が用意するサポート手段が記されていた。そうしたメールに混じり、定期的に「寄付のお願い」メールも届く。親や卒業生たちから寄せられる寄付金が、「手段を持たない若者たち」の支援に回る、その、いわば「富のリサイクル」システムが、非常に具体的にピンとくる。 社会福祉とはまた別の形の、こうした「個」をベースとした循環システム。そして「個性」「差異」を大きく包み込み、これを励ましていこうとする心意気。それがアメリカの底力であることを思い知らされる。 ヨーロッパに長く住んでいると、ついついヨーロッパ的な価値観で世界を眺めがちで、それはとりもなおさずアメリカ的なものへの批判にもつながっていきがちなのだが、たまたまそのアメリカではじめての寮生活を送る息子という「身近な具体例」をとおして、私はアメリカのいいところを見せてもらっているような気がする。こういうアメリカが、もっと前面に出てくれば、世界はアメリカに一目置くんだろうに、と思う反面、銃規制反対運動、中絶反対運動等にみられるあの狂信的で蒙昧なアメリカがあまりに強力に席巻している現実にはため息ももれる。 親の私からみても、非常に強烈な個性を持つ息子が、かの国でのびのびと自分を伸ばして成長していけること、そしてアメリカから受けた「恩」をなんらかの形で恩返しできるような人生を歩んでいけること。いろいろな意味で盛りだくさんで突風や豪雨に見舞われっぱなしだったような私自身の2012年の終わりに、そんな希望を抱き、息子の背中をそっと押してやりたい思いでいる。
by michikonagasaka
| 2012-12-30 18:34
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