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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2013年 01月 23日
![]() 大昔のこと、パリのアンヴァリッド広場を望むオスマニアン様式のアパートの一室に、私は年上の女友達を訪ねた。 その広々としたアパートに、ソフィーという名のその女性は、新しい恋人と一緒に住んでいた。以前に結婚していた相手は、ある著名な室内装飾家で、そして現在の恋人は、アメリカ人のシナリオライターだった。前夫との間にいずれも10代後半の一男一女がいて、確か男の子のほうはどこかに小さなアパートを借りて一人暮らし、女の子のほうはその頃はまだ母の家に暮らしていた。母親似の美人だけれど、母の金髪ではなく、父の黒髪を受け継ぎ、その潔いショートカットが小さな頭によく似合っていた。若い娘らしく、ジーンズに革ジャンといういでたちで、ヘルメットをかぶってボーイフレンドのバイクの後ろの席にさっと腰掛け、じゃ、またね、と風のように去って行く、そんな威勢のよいパリジェンヌだった。 どういうきっかけだったのか、その日、私はソフィーの寝室にソフィーと2人きりでいた。そして彼女が、なにか羽織るものを探そうとして私たちの目の前の洋服ダンスの扉を開けたとき、「そのこと」が起こった。 私は思わずあっと息のを呑み、まぶたを閉じた。扉の向こうからふわりと立ちのぼった香りが、あまりに甘くセンシュアルだったからである。 すーっと大きく、けれど悟られないようにそれはそれは静かに息を一つ、二つと吸い込んでその甘い香りを堪能した後、そっと目を開けると、そこには彼女のワードローブが几帳面に整然と並んでいた。ジャケットはジャケット、スカートはスカート、ワンピースはワンピース、というふうにきっちりと整頓され、それらが新品の色鉛筆の箱をあけたときのような規則正しさで収まっていた。扉の内側では、ソフィーが日々袖を通す服たちに、彼女の香りが静かに息をひそめて棲みついていた。それが今、こんなふうにこつ然と飛び出してきたのだから私は面食らったのだったけれど、すぐにその香りの中に浮遊して夢見心地になった。時間にしてわずか数秒の出来事である。 un air de rien (アンネール・ド・リヤン〜なんでもないかのように)さながらの軽やかな表情で、ソフィーはそこから薄いジャケットを一つ取り出してそれを肩に羽織った。その動きを追いかけるようにして、また先ほどの香りがひらりとその辺りを舞った。 ああ、これはCocoだ。 この優雅で可愛らしいソフィーとCocoだなんて、それじゃああんまり出来過ぎのような気がしたけれど、でもそれは間違いなくCocoだった。当時、私自身がその香りを毎日のようにつけていたのだから間違えるはずがないのである。 大きな子供が2人いる女性が、新しい恋人と共有する寝室の洋服ダンスの中にこんなふうに香りを閉じ込めていた、ただそれだけのことだけれど、私は「なんだかとんでもないところへ来てしまった」という気がしたものだった。「とんでもないところ」というのは、もちろんパリのことである。 その後、長い長い時間が過ぎ、親しかったソフィーともいつしか音信不通になってしまった。 その長い長い時間の間には、私自身にもいろいろな「変遷」があった。もちろん香りの変遷もあった。 あんなに大好きで愛用していたCocoはいつしか忘れ去られ、替わってここ10年くらいはセルジュ・ルタンス一筋の貞淑ぶりである。ルタンス氏にパレロワイヤルのブティックで最初にインタビューしたのが、やはり確か10年くらい前だったろうか。その後、何度かお会いする機会があり、モロッコのお宅にお邪魔して長時間インタビューをさせていただく光栄にも恵まれた。 彼の何がよいかといって、その「求道者」としてのあり方に勝るものはない。一糸の乱れもなく、完璧にエレガントな装いで立ち現れる彼には、だが、パリという大都会が連想させるタイプの華やかさはみじんもなく、むしろ峻厳な修道僧の気配が立ちこめている。そんな彼が生み出す香りのひとつひとつは、求道者の道程そのもので、そしてそれは「他にまたとない、取り替えのきかない香り」なのである。 ルタンスに行き着いてからというもの、私はすっかり浮気をしない人になった。求道者に対してそんな失礼なことはできない、という思いがあるし、それになんといっても・・・・・・免税店で売っている無数の香水のどれをとっても、「道」の「み」の字も感じられないようになってしまったからである。 「ところでムッシュ、あなたご自身はどんな香りをつけていらっしゃるのですか」 おずおずと、けれど単刀直入に尋ねた私に、ひと呼吸置いてから彼は答えた。 「なにもつけません。石けんで身体を洗って、それで終わりです」 香りの求道者のその答えに、私はいっそううっとりとして、そして「ああ、そうか」という思いを込めて小さな、共犯者的な微笑みで返答した。 そういえば、私自身の名前は「道子」というのだった。そんな名前と共に何十年も生きてきたのだから、求「道」者にうっとりするのは無理からぬことである。 ルタンスの数々の「道程」のなかで、私がことの外、気に入っているのは「ルーヴ」という香り。「雌狼」というその示唆的な名が、私自身の香りの物語を遠い見知らぬ北の国へと紡ぎ出す。 香りの記憶は、ソフィーの洋服ダンスにはじまり、そしてその後出会ったさまざまな人へと数珠つなぎのように連なっている。ソフィーは今もあの彼と一緒に暮らしているだろうか。洋服ダンスを開けると、今はどんな香りが舞い出てくるのだろうか。 パリのアンヴァリッドから雌狼の住む北の国へ。香りの記憶と共に齢を重ね、けれど「道」はなかなか見えてこないし、開けてもこない。そして私自身の洋服ダンスはといえば、優雅なソフィーのものとは似ても似つかず、ごちゃごちゃとカオティックなままなのである。
by michikonagasaka
| 2013-01-23 02:28
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