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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2013年 02月 25日
![]() 息子の在籍するアメリカの大学からは折に触れて、親や卒業生宛てにニュースレター、その他、さまざまなメールが送られてくる。アメリカのリベラルアーツカレッジの様子、その依って立つところが垣間みられる内容そのものはいうまでもなく、ソーシャルメディアや動画などもフル活用する今ふうなつくりに私は大いに感心し、時間が許す限り、わりに真面目にこれらのソースに目を通している。 昨日届いたメールは、学長名でしたためられたなにやら鬼気迫る真剣味を帯びる「お手紙」。何でも来週、大学が催すイベントへの抗議運動としてカンザス州のバプテスト教会WBC(Westboro Baptist Church)が大学周辺にピケを張る、ということに関する通達、および、それに対する大学側の「公式な態度」について書かれたものだった。 なんだか様子がよくわからない。そのイベントというのがLGBTQをテーマにしたもの、というくだりが特によくわからない、というか全然わからない。で、早速、wikiってみたところ、 LGBTQというのは、 L レズビアン G ゲイ B バイセクシュアル T トランスセクシュアル Q クィーア つまり、性的マイノリティ、または性的指向の多様性の総称なのであるらしい。 大学が来週予定しているイベントというのは、このカテゴリーに含まれる教員、スタッフ、および学生をコミュニティの一員として受け入れ、彼らのアイデンティティをリスペクトすることのいわば意志表明。関連テーマのレクチャー、スピーチ、ディスカッションにミーティング、それにパフォーミングアーツなどなど、大変盛りだくさんな内容が用意されているようだ。 対するWBCバプテスト教会というのは、創設以来、一貫して「アンチ・ゲイ」を標榜する狂信的なキリスト教一派であるということもわかった。たまたま今回はこの大学がターゲットになったが、ゲイに寛容だったり、ゲイを応援するような環境とあらば、全米中どこへでも出かけて行ってピケを張る。そういうことを何十年も続けている団体らしい。 * * * ヘイトクライムという言葉を覚えたのはいつ頃だっただろうか。人種、性別、宗教、国籍、主義信条から性的指向まで、およそ「差異」と名のつくところには必ずその違いの部分を違い故に憎む人々というものが存在する。そして憎さ余って暴力行為、いじめやいやがらせ、はては殺人にまで及ぶクライム(犯罪)を犯すこともいとわない。 大学のキャンパスの周囲にピケを張ることは厳密には「クライム」ではないのかもしれない。けれど、人を憎む気持ちに依拠した行動パターンというところで、それはヘイトクライムと同じ穴のむじなである。哀しいかな、そのような人間の性(さが)は、世界中どこを見渡しても、また歴史上どこを見渡しても、いろいろな形で繰り返し繰り返し露呈され、やはりそれは人に備わった生得的な「性(さが)」なのか、と思わずにはいられない。 だったら人は、このような、やはりどう考えてもあまり美しくない「性(さが)」を、教育や思考によって克服していくしかないんだろう。地道に、こつこつと、あきらめることなく。 それにしてもアメリカで暮らす大学生の親であるということは、こういうメールを通じてアメリカ社会を知るということなのだとつくづく思う。私自身はアメリカではペンシルベニアの大学町に都合二年暮らした以外は、ときおりニューヨークあたりまで遊びに行く程度のお付き合いしかこの大国に対しては持たない。ニューヨークタイムズの電子版は一応定期購読しているけれど、そこでも国際面や文化、アート欄などは時間があればちらりと目を通すにせよ、国内問題などはあまりピンと来ないのでどうしたってすっ飛ばしがちになる。スイスでの暮らしでアメリカ人の友人知人も幾人か出来たけれど、彼らと付き合っているだけではディープなアメリカにはおよそ手が届かないし、ましてや「ヘイトクライム」の現状を実感することは到底かなわない。 ファッション業界に身を置いていた経験上、またアーチストの友人知人が少なくない関係上、ゲイの人々は私にとって大昔から何ら特別な存在ではなく、とりたてて話題にすることさえ思い至らない、それほど身近で普通のことだった。だから先頃、フランスでゲイの結婚の合法化の動きがあったとき、それに対する反対運動の思いのほか大きなうねりには正直びっくりしたし、近しい人が不用意に吐いたり覗かせたりする偏見の言葉や態度には「え? 今、なんていった?」と内心、驚いて、でも口には出さないというようなことも、たびたびある。 ことはゲイに限らず、特定の宗教とか人種に対するある種の鈍感な、または確信犯的な偏見発言だって、元来、比較的啓(ひら)かれた人の多い私の周囲にすら、実はゴロゴロと転がっているものである。その多くは単純な無知にもとづいているということを、私は長年の観察から気づいているのだが、やはり憎むべき、いや、克服すべきは結局「無知」ということになろうか。 啓蒙というのは、蒙昧の暗闇に光を当て、それを啓(ひら)くという意味である。18世紀フランス啓蒙主義を指すもともとのフランス語はlumières、すなわち光であるということをここでもう一度思い出し、ヘイトクライムの類が少しでもこの世から少なくなるように、と祈るのは、いくばくか意味のあることだろうか。それとも愚か(蒙昧)でナイーヴ(←日本語のナイーヴではなくて、ヨーロッパ言語的意味で使っています)なことだろうか。
by michikonagasaka
| 2013-02-25 06:08
| 考えずにはいられない
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