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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2013年 03月 22日
![]() もう10年ほどになる彼女とのお付き合いではあるが、オフィスの外で彼女の姿を見たのは(娘が生まれたときの分娩室を除いては)実にこれがはじめて。彼女がポルシェに乗っていることももちろん私は知らなかったけれど、なによりも私をハッとさせたのは、そのときの彼女の全身から放たれた「私人“マリ・クリスティーヌ”」の空気なのだった。 ドクターGのファーストネームがマリ・クリスティーヌであることはもちろん承知していたけれど、これまで私の中で彼女はドクターGとしてのみ存在していた。母親がフランス人だとかで、ファーストネームもフランス風だし、私の診療時には彼女はいつもフランス語で話す。診療の合間に世間話的な雑談くらいはするし、なにしろ付き合いが長いだけあって、なんとなく「こんな感じの人」という印象はそれなりに育ってきてはいたものの、彼女はあくまでドクターGとして私の前に現れ、ドクターGの握手をし、ドクターGの表情と声としぐさで全身包まれていて、そのことを私はこれまで意識したことすらなかった。そのくらい、彼女はドクターGそのものであり、それ以上でもそれ以下でもない、そういう人だったのだ。 ところが、このときポルシェから降り立ったドクターGは、患者の視線が自分に向けられているとは知る由もない、そういったある種、無防備な状態でそこに存在していた。そして、その無防備なドクターGは、ドクターGではなくて、それはもう端的にシンプルに、マリ・クリスティーヌという一人の私人、一人の女性だったのである。 思わず私はそんなマリ・クリスティーヌに手を振ってしまった。「おはよう!」と、旧知の友に挨拶するような仕方で手を振った私の気配を察知したのか、彼女ははっとこちらに目を向け、そして私の姿を認め、「あら」という感じでにっこりと微笑んだ。マリ.クリスティーヌがハッと我に帰ってドクターGへとトランスする、そのちょうど狭間にあるような微笑みだった。 その五分後、やっと自分のパーキングスポットを別の道に見つけた私は、あらためて(やや遅刻して)オフィスの受付に立っていた。開け放った診療室のドアの向こうには先に到着していたドクターの気配があり、ドアの隙間ごしに私の到着を感づいたドクターは、こちらへと出てきて私に握手の手を差し出し、「ボンジュール」と挨拶をした。先ほどのマリ・クリスティーヌは跡形もなく消え去り、今度はまたすっきりとドクターGに戻った彼女がそこにいた。 自分の番になって診療室に迎え入れられた私に彼女はいった。 「先ほどはせっかくのパーキングスポットを先取りしてしまってごめんなさいね。ちょうどお産がひとつあって、そこから駆けつけてきたら完璧なスポットが空いていたから、時間も押していたし、あ、これだ、と思って脇目もふらずに停めてしまったんですよ」 「いえいえ、お気になさらず。私もすぐ近くに見つけましたから」 ![]() 普段の暮らしで、ときおりこういう出来事に出会うと、そのたびに私は無性に「小説を書きたい」衝動にとらわれる。ある瞬間、この場合は、公人ドクターGから私人マリ・クリスティーヌが抽象されて飛び出してきたその瞬間なのであるが、そういうきらめく瞬間との出会いは、私にとってはこの上なく小説的で文学的なもの。たった一瞬の印象とか動悸、息を呑む数秒といったところから、想像と妄想が無限に広がってなんというか歯止めが効かないような不思議な心理状態に陥るからである。 とりわけ私の弱点ともいえる瞬間とは、ある人間が不用意にみせる狭間的な色気といったらいいだろうか。それはちょうど、先ほど、私の「おはよう!」に答えた彼女の微笑みに凝縮されるような、そんなタイプの色気のことである。 「この人にはこんな顏が」とこちらをハッとたじろがせるようなそういう瞬間、私はそれはそれは簡単に打ちのめされて、そこから勝手気ままで荒唐無稽なストーリーがわき出してくるのである。 一昔前、まだずいぶん今より若かった私に「おまえ、小説を書け」といった先輩編集者がいた。 「え、小説ですか?」 と私は面食らい、「でもどういう小説を?」と問うた。 「恋愛小説に決まってるじゃないか。書け、絶対書け」 「れ、れ、恋愛小説、ですかぁ・・・・? そうですね、そのうち、もしかしたら」 「約束だぞ」 結局、その人との約束は果たせないまま終わってしまった。というのもまだ50になるかならないかという若さで、彼は癌で亡くなってしまったから。もうそれも10年ほど前のことになるだろうか。 酒飲みで調子がよく、どこか坊ちゃん育ちがそのまま大人になったようなやんちゃな人だったSさんに言われたことを、けれど私はその後、ずっと忘れることはなく、そうですね、そのうち、もしかしたら・・・・という気持ちはこっそり持ち続けていたのである。そして実際に、そのような試みをしてみたことも幾度かあるにはあるのである。 だが、自分の書いたものが自分であまりに気に入らず、まさかこんな駄作を人に見せるわけにはいかない、と、そのクロッキーのような代物は、都度、こっそりと葬ってきた。敬愛する何人かの小説家の作品と、まさかこの自分のクロッキーを比べるなどという厚かましいことはせずとも、一人の小説読みとして、自分の生み出した物はいくらなんでも受け入れがたい、それほどの駄作であることを確実に認識するくらいのことはこの私にもできるからである。 ポルシェに乗って風のように通勤してきたマリ・クリスティーヌのオフィスの待合室には、建築やアート、モードなどの雑誌がタイトル別にたくさん積み重ねられている。だいたいが医者の待合室におかれているのは「健康なんとか」「ファミリーなんとか」みたいな雑誌とか、製薬会社がタダで配っているチラシみたいなものが多く、一切私の関心を引かないのが常なのであるが、マリ・クリスティーヌの待合室では、さて、今日はどれを、と、あれこれ迷うくらい食指をそそられる選択肢が豊富である。そこには間違いなく彼女のテイストが反映されていて、その後ろには彼女の人生が透けてみえてくる。 診療机の向こうとこちら側に対面し、更年期がどうのこうのというあまり面白くない話などをしながら、私は何気なく彼女の手を見ていた。そして普通であればドクターに向かってそんなことは口にしないのだが、この朝だけは私のほうもちょっと無防備になっていたのか、思わず口が軽くなっていた。 「先生の手って、なんだか意外に小さくて、とても可愛らしい手、ですね」 私のそんなコメントに多少面食らいつつも、ドクターGは両の手をもみ手にするように重ね合わせ、 「そうなんですよ。小さいんですよね、私の手って。実は足も小さくって37なんですよ。身長は172ですからね、バランス的にかなり小さいでしょう」 なんてことをいった。 この色白の華奢な手で、彼女は威勢良くポルシェのハンドルを握り、そして熟練の職人技で赤ん坊を取り上げ、またいわゆる「婦人科的触診」もラテックスの手袋をはめてさらりとやってのけるのだ。 黒いポルシェと白い小さな手のマリ・クリスティーヌーーそこから大きく膨らんだ私の「頭脳内小説」の内容はここでは明かさないけれど、こういう出来事からはじまる一日というのは、なにかこう半分夢心地の高揚感に満たされた、そう、どちらかといえば幸福な一日である、というふうに私には思えるのだ。
by michikonagasaka
| 2013-03-22 00:00
| 身辺雑記
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