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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2013年 06月 02日
![]() 子供のときからアジサイの花が好きだった。 当時住んでいた家の玄関を出て、細い通路を裏庭のほうへと伝って行くと、その左手に「うちのアジサイ」があった。大きくて肉厚の葉っぱにカタツムリがとまっているのを、たぶん私は傘を差したまま、飽きることなくずいぶん長い時間、見つめていたものだった。どっちがさきに根負けして「動いてしまうか」。そんな競争を子供だった私は密かにカタツムリとの間に仕掛け、そしてたいがいは先方が勝つのだった。 アジサイの記憶は、いつも雨の記憶と結びついている。さらにいうならそれは山椒の匂いとも切り離しがたく結びついている。 私の背丈ほどもあった庭のアジサイの隣に、ほっそりとした山椒の木があった。雨の季節が過ぎ、真夏になるとアゲハチョウがよく枝にとまっていたけれど、それはまるで山椒の芳香という媚薬にさそわれ、あでやかで気丈な女王さまが腰砕けになってしまったかのようだった。そういう観念もボキャブラリーもまだ持ち合わせていなかったとはいえ、無数の木々の中から、なぜかふらふらと山椒の木に吸い寄せられて来る漆黒のアゲハチョウの姿に、大人の世界にはこのようなこともあるらしい、という漠とした予感を抱いたことだけは、それはそれははっきりと覚えているのである。 子供だった私には、山椒の匂いはどちらかというと不快なものだった。左の手のひらに葉っぱを一枚置き、右の手のひらでパンと挟むようにたたくと香りが立つんだよ、ということを教えてくれたのは、同居していた祖母だった。夕食の大人のお膳のほうに使うために、祖母は私によく山椒の葉を取りに行かせた。 「三枚くらいでいいからね、パーンとはたいておくれよ。威勢よくやるんだよ、威勢よく」 山椒の葉っぱを取りにいったはずが、ついつい隣のアジサイのカタツムリとのコンペティションがはじまってしまって、なかなか台所に戻らないというようなことも幾度かあった。 長じて世界のいろいろな土地に移り住むようになってから、私はアジサイにもいろいろな色と趣があるのだということを知った。 ロンドンのアジサイは、あれはなんと言ったらいいだろうか、こっくりとしたラズベリー色の大輪の花が、ロンドン北部の住宅街の生け垣からこぼれんばかりに頭をもたげて並んでいた様は実に圧巻だった。最終的にはラズベリー色になるのだが、その途中の段階は淡い緑から少しずつ赤みが増していくひとつながりのグラデーションで、そのグラデーションが一つの花の中にそっくり収まっている。だからそれは全体としてみるとラズベリーといえるのだけれど、そこには幾重にも重なった色味の襞というものがあって、それがえも言われぬ美しさとニュアンスを醸し出していた。ウインブルドンのシーズンがアジサイの旬の頂点であったのも、その風物詩としての効果をいっそう高め、私をして、アジサイという花種をますます愛好させるのだった。 ひるがえってスイスのアジサイは、これはどうしたことか、最初からドライフラワーのように湿り気が少ない。色みも化粧がはげたような、いかにも色素の薄いピンク系で一つ一つの花弁も小さく痩せている。葉っぱは日本のカタツムリたちが愛したあの肉厚の深く濃い緑色のものとは似ても似つかぬ、これまた色のさめたような黄色っぽいもので、葉のサイズも小さく薄っぺらい。 新しい家に越すたびに、そしてそこにもし庭があったのならば、私は必ずアジサイを植えてみた。けれども哀しいかな、いわゆる「緑の親指」(英語の表現have a green thumbは、草木の手入れが上手な人の意。フランス語だとこれが「緑の手」main verte となる)に恵まれないらしい私は、立派な花を咲かせた経験が一度もないのである。 アジサイといえば、どうしたって日本の梅雨時のものという原風景があるものだから、やはりブルーがいいな、と思う。けれどアルカリの勝った土地では、放っておけばアジサイは軒並みピンク系に傾く。それを「矯正」するための薬品も売っていて、要するにこれは土のPHを変えるものなのだが、鉢植えならばともかく、庭に植えたアジサイにはなかなか効果が出ない。 今年のスイスは雨ばかり。梅雨などという風流なものではなく、春先からこの方、晴れ間をほとんど見たことがないくらい、それほど雨の日ばかりが続き、近所の小川は濁流になって氾濫せんばかりの勢い。うちの地下にも、わずかながら「浸水」が発生するほどだった。 これだけお湿りがあるのだからアジサイだって今年はしっとりと潤った肉厚の葉と花を披露してくれそうなものなのに、どうもそういうわけにはいかないらしく、雨にそぼぬれたうちのアジサイは、ただでさえ貧相ななところへもってきて春からの日光不足で成長がすっかりとまってしまったかのよう。その情けない葉っぱには、カタツムリの替わりにナメクジが張り付いている。今年もまた、花を咲かすことなく終わってしまうのだろうか。 その予感がなんだか寂しくて、それで私は相変わらずお天気のはっきりしない日曜の午後、古い写真をあれこれ探してみたのだった。冒頭のアジサイは二年前の夏、鎌倉の友人のお宅にお邪魔した時のもの。山の上にあるその家は、門から上り坂をてくてく歩いて息切れしながらやっと玄関口にたどりつく、そういう風雅なお家なのだが、玄関にたどりつくまでのその道を、見事なほどにずうっとアジサイが埋め尽くしているのである。梅雨はそろそろ終わるころで、朝の10時くらいになるともう暑くて暑くてやりきれない日々だったけれど、うっそうと生い茂る竹やぶとアジサイの群れのに囲まれて佇んでいる限り、暑さも大して気にならない。 春がちっとも来なくて、その上、夏もまた肩すかしをくわされたようなものになりそうな今年のスイス。アジサイと猛暑とカタツムリ、それに山椒の芳香(大人になった今は、それは芳香であり、ときによっては媚薬でさえあるかもしれない)といった記憶の連想の中で、夏の疑似体験をすることが、ささやかにして必要不可欠な悦びだったりするのである。 *花言葉事典によると、アジサイの花言葉は「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「元気な女性」「変節」「美しいが冷淡」など。ふむ。
by michikonagasaka
| 2013-06-02 22:55
| 身辺雑記
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