
こどもの名前に
「勇」という字をつけた
若い母親は
我が子に勇ましくあってほしいと
まっすぐそう願ったからだった
19年の時間が流れ
勇ましいもいいけれど
もっといいことがあるかもしれない
——あまり若くない母親は
暁の無音の中で考える
「悠」
ゆったりと、焦らずに
悠遠に、悠々自適に
「遊」
ブレーキの「遊び」、鍵盤の「遊び」
そのin between の時間と空間が
人の生きる上でどれだけありがたい恵みであるか
「宥」
ゆるす。ゆとりを持つ。ゆとりをおき、責めないでおく。大目に見てかばう。
この最後の
大目に見てかばう、
というところで
若くない母親は泣き崩れる
みっつの「ゆう」は
もともとひとつの「ゆう」だったのかもしれない
その音は
泰然としていて、そのくせ威張っていない
深い受容とのびやかさと自由。
そうだ、自由の由も
お仲間に迎え入れようか
するとそこに
仲間に入れてもらえない「勇」が
寂しさに1人で堪えている
上を向いて(それは涙が下にこぼれ落ちないように、という意図もあってそうするらしいのだが)
堂々と堪えている
そのような「勇」であるならば
おいでよこちらに、と
招いてあげようか
大目に見てかばってあげようか
photo Pensiero / Foter / CC BY-NC-ND
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