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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2013年 12月 24日
![]() つまらない話で気が引けるのだが、ここ二ヶ月ほど、どうも右手の調子がおかしい。最初は指先がかすかにしびれる程度だったのが、そのしびれが次第に手から腕、肘のあたりにまで広がり、手に力が入らない。手がとても重たい。まるで漬け物石かなにかを始終持ち運んで回っているような感じなのである。 と、そんなわけで、ピアノはもう弾けない。少なくとも当面は弾けない。それでも2〜3週間前まではごまかして弾いていたのだ。少なくともコントロールはあるし、力も今よりは入っていたので、なんとか弾けた。ある指の動きやポジションで親指の付け根のあたりがキュンと痛むことには薄々気づいていたが、それを無視して練習していた。 けれど、さすがに手の状態が明らかに、そしてスピーディに悪化しているので、二週間ほど前からピアノに触れなくなった。以来、なんだか寂しかった。窓際のピアノも寂しそうに見えた。 クリスマスイブの前日、やり残した買い物その他の雑用を片付けるために、数日ぶりに町に出かけ、疲労困憊の体で帰宅したとき、突然、ピアノに触りたくなった。コートを脱ぐ間ももどかしく、私は久しぶりにピアノの前に座って、二週間前まで練習していた曲を弾いた。しばらく弾いていなかったけれど、その曲のことは意外にもよく覚えていた。目をつむって弾きながら思っていた。ああ、右手が死んでいる。すっかり死んでいる、と。 完全脱力の状態にもっていけばなんとか弾けるけれど、それは無意識に手や腕をかばった、そしてグミのお菓子みたいに腑抜けな弾き方以外のなにものでもなかった。 また大げさな、と、笑われるかもしれないけれど、「ああ、このままずっとこうだったら」という悲壮なシミュレーションをどうしたってせずにはおられない。別に私ごときがピアノを弾けなくなることそれ自体は、ほんの些事に過ぎず、どうってことはないはずなのだ。なのにそのシミュレーションは実に悲しく絶望的なものに思われるのだった。 ピアノは私の人生から、12歳だかそこらのある時点でこつ然と姿を消し、そのままずっと存在していなかった。それがまた再び、実に30年以上の時を経たある日、私の人生にひょっこりと顏を出し、その後、たかだか数年一緒に暮らしてきた。つまり「人生においてほとんど存在していなかったも同然」なのである。それがまたこつ然と姿を消すということなのであれば、まあそれもよいではないか、と一方では思い、けれどまた一方では、いや、それは困る、それは寂しい、と、狼狽している。 あまりに狼狽しているため、このような実につまらぬブログ記事を書いてしまった。完全に抑制が効いていない。まことに恥ずかしいことである。 ・・・・とこうしてキーボードを打つことも、実は現在、かなり困難なのである。なぜならマウスに添えた右手が、漬物石の重みにつぶされそうになるから。そしてそこにまた別のシミュレーションが展開する・・・・。狼狽が上塗りされる。極太の刷毛で真っ黒のペンキを一度塗り、二度塗り、三度塗りしていく。そんな即物的で具体的なイメージが浮かんでくる。 狼狽の重ね塗りで、我を失っている。どちらかといえば運命論者の私ではあるが、今回は、どうもジタバタしているのである。 あのショパンの曲は、このまま中途半端の状態でお別れなのだろうか。せっかくせっかく、気長にやってみようと、気の短い私にしては健気なほど前向きだったのに。 神様もなかなか意地悪だ。皮肉な出来事には事欠かなかった2013年が、もうすぐ暮れる。よいこと、喜ばしいことも本当をいうとそれなりにある一年だった。けれど年の終わりは寂しさがやや勝っていることを、どうにも否めず、手だけでなく心も体全体も、砂糖をまぶしたグミのように、ぐにゃりとしてしまいそうなのである。
by michikonagasaka
| 2013-12-24 08:04
| ピアノのお稽古
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