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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2014年 01月 10日
![]() 敬愛する先輩、「婦人公論」などの編集長を経て、現在は「考える人」編集長をされている河野通和さんのメールマガジンは、氏のお人柄があちこちににじみ出ていて、これがとてもおもしろい。その最新号に紹介されていた『商売繁盛――昨今職業づくし』(中公新書、絶版)という本から、氏が抜粋した「お気に入りの箇所」を、さらに私が孫引きさせていただく。 (本書に)登場するのは48人。さまざまな商売の人たちが、それぞれの語り口で、仕事の紹介や苦労話、はたらく喜びを語っています。・・・中略・・・・(その中のひとつ)「やげん堀中島」社長、中島徳太郎さんの「七味唐辛子の味」の一節です。 〈そうやって、一袋200円で売って――あたしは、200円の値を絶対上げないつもりなんです。こういうもんは、庶民のものですからね、いくらいい品だからって、高くはできない。で、わずか200円で、ソバがうまいとか、お新香の味がよくなった、と食卓にアクセントがつけば、あたしはそれで満足なんです。 かくし味っていうでしょ。うまい芸人てものは、芸を見せない。七味唐辛子の味だって、極端にいえば芸術と同じですよ。なにがどううまい、じゃなくて、なんとなくうまいってのがいいんだ。江戸ッ子は宵越しの金を持たない、地味な結城をスッと着る、これが江戸ッ子気質でしょ。関東文化ってものを追い求めて行くと、江戸ッ子の哲学がそこにあるんだ。 見せないところに気を遣う、そういう江戸ッ子になりきるには、修養がいりまさぁね。あたしは、企業を大きくして金儲けようなんて思っちゃいませんよ。“いい唐辛子屋のおじいちゃん”でいられれば満足なんで。――とかなんとか偉そうなこと言っちゃって。ま、どんな商売でも、一つの道に徹するのがいいんじゃないですか。成り上っちゃいけませんや〉 ああ、それそれ、私も大賛成。 それにしても、と思うーーなんだろう、この自分の中に息づく、どう考えても江戸っ子気質としか呼べないような美意識、いや、そんな大げさなもんでもない、一種の生き方の好み、みたいなものというのは、と。これを私はどこから取得してきたんだろうか? 江戸っ子だった父の置きみやげだろうか? それとも後天的にどこかで覚えたのだろうか。 「粋」と「はんなり」とはよく対比される二つの美学で、それぞれ「江戸的なるもの」「京的なるもの」をコンプレスした言葉。どちらにしても「都会人」の美学であるが、その中身は大いに異なる。江戸と京にあらぬ、現代の東京と京都のいずれをも、私はその町に住まう生活人として体験的に知っている。もちろん現代の東京は、江戸とはほとんど接点のないような寄せ集めの町になっているわけだが、それでも上記に引用したようなご商売の方の商人道のようなものにひょいと触れる瞬間というのが、日常のごくわずかなすき間にたまに転がっていて、そういうものを垣間みたときのすーっと胸のつっかえがとれるような喜びったらありゃしない。 逆に京都の、あのややこしい洗練の、羽二重を思わせる衣の薄重ね、分かる人にしか分からないコード(暗号)という落とし穴がいたるところに仕組まれている高度な都市文化。あの言葉だけが行なえる遊戯と隠し札の妙。それうしたものにもまたハッとなって、そしてにんまりしたくなる自分がいる。 両方大好きだけれど、けれど私は雅やかな京友禅よりは、地味な結城のほうがやはり落ち着く。言葉巧みに美辞麗句をいうくらいなら、(本心とは裏腹の)憎まれ口の一つもたたいたほうが、よっぽど居心地がいい。 前回の記事に杉本秀太郎氏の著作をご紹介した。氏は京都の旧家に生まれ育った生粋の京都人であられる。その、典雅な文章、そして通人のみが知り得る、感じ得る、理解しうるもろもろの観察や洞察に、私は心から感じ入る。その反面、やや、寂しい、一種の「のけ者」感をうっすらと抱くのである。そこまでの雅びな境地からは、いくらなんでも門前払いを食らうだろう、というような、あの「地方出身者」が共通に抱くであろう「のけ者」感である。 逆に冒頭に引用したやげん掘の中島社長の言葉、特に「ーーとかなんとか偉そうなこと言っちゃって。」という、この照れとかすかな自虐がのぞく部分には、(出自的には立派な地方出身者であるにもかかわらず)心からの「同族」感を抱くのだ。 金勘定はもっとも不得意で興味がないなどとうそぶいているが、実は、私の父方の家系は東京の商人。関東大震災の直後、全壊半壊の家々が連なる東京下町の景色に俄然インスピレーションを得て、「これからはガラスが流行るんだ」と、まるで風が吹けば桶屋がなんとか、を地でいくように舞い上がり、それまで薬屋だったのに急にガラス屋に転向した祖父。まったく尻が軽い調子もんのおっちょこちょいとしかいいようがないその祖父は、商売そっちのけで芝居小屋や寄席に通い詰め、いつも帰りはすっからかん。自分の出身校でもないのに、なぜか大の早稲田贔屓で、早慶戦のときは早稲田の学生を大勢、家に連れてきては飲めや食えやの大歓待で彼らの士気を盛り上げた。そんな「伝説」も、お調子者の彼に関しては多数、語り継がれている。 いい加減で怠け者だった彼に、商人道もくそもあったもんじゃないが、スピリット的にはやはり激しく江戸系である。 そういう遺伝子が私の中にもまだ残っているのだろう、きっと。だから冒頭のような文に触れると、「よ、待ってました」と両の手を打ち身を乗り出し、尻を浮かせてしまうのである。はんなり色香の京女には、逆立ちしたってなれっこない。第一、私は早口だし、心根のわりには(と自分で言うな!)口も悪い。100年ほど前に生まれていたのであれば、縞とか絣のお召しでも着て、キセルのひとつも吹かしていたかしら、と、年のはじめの妄想、これまた愉快なものである。 最後にもう一つ、同じメールマガジンの記事から孫引き。 こちらは浅草・満寿屋(ますや)の原稿用紙の話。満寿屋といえば多くの作家たちが原稿用紙をオーダーメイドした老舗。語っているのは常務の川口ヒロさん。 〈いい紙がない時代にはそれで苦労したし、紙がよくなれば、ご注文に合ってないって叱られて。作品ができないのは原稿用紙のせいだ、なんて叱られたこともあるんですよ。 でもね、一字一字苦労して書いてらっしゃる先生方のこと思えば、私も苦労のしがいがあります。この紙で、あの芸術が生まれるんだなぁなんて思って……。 川端(康成)先生は黄の入った朱。お年と共にマス目が大きくなりました。作品の枚数の割には紙をたくさん使ってくださったようですね。高見(順)先生がすごくむずかしかった。グレーの色が、ちょっとちがってももういけないんですからね。丹羽(文雄)先生はグレーとグリーンの中間の色で罫はふつうのルビつき。昔の美濃版て、ちょっと大きいんですよ。…… ただひとりだけ、ダメだったのが三島由紀夫先生。「恥ずかしいんだけど、コクヨ使ってるんです。ぼくは旅行が多いし、あれだとどこでも買えますからね。かんにんしてください」なんておっしゃって、とうとう1回も注文してくださらなかった〉 いい話じゃあありませんか。
by michikonagasaka
| 2014-01-10 00:23
| 考えずにはいられない
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