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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2014年 03月 31日
![]() 机ひとつと電話一本あれば出版社は成立する。かつて、出版業界に少しでも憧れを抱く学生であったのなら、誰もが耳にしたはずのこの標語が、はたして今も、かつてのインパクトを保ちながら生き残っているのかどうか、日本を離れて久しい私にはそのあたりのことはよくわからない。本をつくるのに立派なオフィスはいらない。必要なのは優れた編集者と書き物机、そしてコミュニケーションツールのみ、というこの古いコンセプトが、だが、皮肉なことに近頃ますます「その通り」になってきているのは、いうまでもなくIT技術の劇的な進歩に負うところが多い。 「もうね、印刷屋さんとやり取りっていうのはないんですよ。校了するまですべては目の前の自分のコンピュータのスクリーンひとつ。原稿だってそこに映し出されたレイアウト画面に直接打ち込んで行くし、色味や配置も全部スクリーン上で直す。データ上で校了したらあとはそれを印刷屋さんに送信して印刷製本してもらうだけ」 これは、とある外資系出版社の人から聞いた話。おそらく日本の出版界ではもっともデータ編集システムが進んでいる会社のひとつだろう。紙媒体をつくっていながら、編集の現場からは紙がどんどん減っていく。なるほど、そういうものかと大いに感心したその同じ日に、都内の別の出版社を所用で訪れた。 片や港区。片や新宿区。たかをくくっていた地下鉄での移動が海外在住者の私には思いのほか難しく、約束の時間に15分ほど遅れて到着した老舗文芸出版のS社。社屋に足を踏み入れた途端に、なんともいえない「紙とインクの匂い」的な空気を感じる。いや、まさかインクの匂いというのもさすがに今どきないのだろうが、そうした心理効果をもたらす何かが、この出版社の受付ロビーにはすでに濃厚に漂っていた。 この後、飲みに行く予定になっていたKさんが間もなく登場。お会いするのはずいぶん久しぶりだったが、昔とお変わりなく溌剌と若々しいご様子。 「こちらは初めてだっておっしゃってましたよね。どうですか、社内を覗いて行きます?」 「うわ〜うれしい、ぜひご案内ください」 お上りさんよろしく、すっかり好奇心の塊と化した妹分は、こうしてホスピタリティあふれるお兄さんに、紙とインクの館をご案内いただく運びとなった。 出版社と名のつくところへは、ここ30年ほどの間に数えきれないほど足を踏み入れた。しかし、この度の見学ツアーの衝撃に勝るものはなかった、というのが、まずはシンプルな結論。 間仕切りの一切ないだだっ広い書籍編集室には、蛍光灯の青白い光が、その青白さにもかかわらずどこかぼんやりと薄暗く射し、足下にも周りの壁にも段ボール箱が散乱している。スチール製の事務机がずらりと並ぶが、机の上に空きスペースのあるものを見つけることは至難の業だし、コンピューターが置かれていない机も散見する(手書きで仕事するんだろうか???)。そこかしこにうずたかく、無秩序のごとくに積み上げられた書類や書物の山脈は圧巻だし、壁に貼付けられたボール紙は、その用途がまったく不明。壁には長年のヤニが染み付き、ごそごそ人影があるものの、話し声などはほとんど聞こえず、紙が擦れ合うような音だけが広い室内に響いている。机の上の紙の山があまりに高いため、対面の人の顏はおろか、左右のそれも見えない。三方を要塞で囲まれたかのような小さな空間に、モグラのようにうずくまって仕事をしている(その多くは案外若い)編集者のみなさん。 あんぐりと口を開けてそこにしばらく立ち尽くしていた妹を、お兄さんは「さあ、次はこっちへどうぞ」と、別の空間へいざなった。扉を開けたそこは、6畳ほどの小部屋だったが、窓というものが一切ない。なにかプロジェクトの企画推進部的なところと伺ったが、「この部屋に限らず、社内のクーラーは9時以降止まりますからね。ここはすごいことになります」とKさん。やはり棚という棚は茶封筒や書類や書籍であふれ返り、たばこのヤニの染み付いた壁は、もともとの色がまったく想像つかない。 エレベーター前の踊り場にも、薄暗い廊下にも、壁を埋め尽くす棚のどの段にも、段ボール箱が非常にランダムな形で置かれていて、それぞれにはやはり大量の書類や本がいかにも適当にぶち込まれている。用途のまったくわからない「道具」や「機械」みたいなものもあれば、これは何かの稀覯本なのではと思われるような威風堂々たる全集や豪華装丁本なども、分厚い埃をかぶってそのへんに無造作に並んでいたり積み重なっていたりする。 「3.11の時は、それはもうすごいことになりました」 ああ、それはそうだろう。もしここに、ILOの検査官がふいに登場したら、劣悪な労働環境と指摘されることは間違いないだろうし、WHOの抜き打ち検査だって「健康への害」を指摘するかもしれない。 ※ ここ数ヶ月の間に読んだ文芸書の中でもっとも気に入っている本は、安部公房の未発表原稿を集めた「題未定」だったのだが、それも思えばこのカオスの中から誕生したものだった。20代後半でパリに移住して以来、国から国へと幾度も引っ越しを繰り返す度に、処分せずに運び続けた文庫本の実に半分以上が、やはりこのカオスの中から世に出たものたちだった。そうした思いが、紙のカオスにたたずむ私を少々感傷的にした。 一階受付で嗅いだように思われた「紙とインクの匂い」は、全館いたるところを満たしていた。「本の虫」という言葉は私が知っているいくつかの外国語の中にもそっくり同じ表現が存在しているが、黄ばんだページの間にあの小さな虫がわく気配や匂いというものは、独特なものとして確かに存在する。そして、その表現のもう一つの(比喩的な)意味である「無類の本好き」という人々に関しても、同じことがいえる。(*フランス語では「図書館のねずみ」という。) 一階受付の壁をおおっていた「人類の文字」と題された刻み文字の数々、その全体の壮観に、つい先ほど、熱心に見入ったばかりだった。S社名物(?)のその美しい「人類の文字」が、実はS社の新書の表紙カバーをはがしたところにこっそりと印刷されているんだよ、ということを、物知りの友人に教わったのはその翌日のことだった。 18世紀のヨーロッパ、とりわけイギリスで、裕福な家の若者たちが古典的教養をはじめとする見聞を広めるために主にフランスやイタリアを旅することをグランドツアーといった。パリで都会の洗練に触れ、フィレンツェやローマでルネサンスの香りをかぐ。文人や知識人と親しく交わり、そうして蒙を啓いて「教養あるジェントルマン」になることが、彼らの目的だった。暗い北の国々から、人々は高い文化と明るい気風、そしてうっとりとする洗練に憧れて旅に出た。イギリスではないけれど、やはり文化的後進国だったワイマールから、「なんといっても本場を見なければ」と思い詰めたか、あるいは不倫の愛の重荷から逃げ出したかったか、ゲーテもやはりそんなふうにイタリアを目指したのだった。ただし、その旅のことを綴った著作「イタリア紀行」は、S社ではなくて岩波文庫だったっけ、と脈絡なくそんなことも思い出した。 東京のど真ん中、古い町並みの一角でその日私が体験したのは、一種のグランドツアーだった。実に興味深く、薄暗い空間を歩きながらもなにか浮き浮きと心躍るような一時間弱だった。紙が減って行く方向にある世の出版業界で、この日本の一角、東京の一角の昭和30年代建立という社屋は、そんな世の潮流にまったくお構いなしに、昭和時代のまま、フリーズしているみたいだった。 S社のすぐ近くには、神楽坂育ちだった亡き父が通った愛日小学校があり、地下鉄の出口表示にこの小学校名は記されていたけれど、S社の名前はなかった。一人の本好き物好きのグランドツアーの舞台となった天下のS社は、一介の小学校よりも、営団地下鉄的には無名な、あるいは重要度の低い存在なのだろうか。(あ、今は営団じゃなくて、東京メトロとかっていうんでしたっけ、そういえば。)
by michikonagasaka
| 2014-03-31 18:34
| 身辺雑記
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