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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2014年 07月 22日
![]() ああ、またか。 7月はじめ、イスラエル軍の空爆に始まったガザ地区での戦闘が地上戦にもおよび、泥沼化、激戦化の様相を呈している。そもそもの発端は、6月中旬に占領地ヨルダン川西岸で起きたイスラエル人少年3人の誘拐・殺害事件。以下、経緯を簡単に紹介しておこう。 6月12日 パレスチナ自治区ヘブロン近郊でイスラエル少年3人が行方不明に。イスラエルはハマスの犯行と断定。 30日 3人の遺体を発見 7月1日 ネタニヤフ首相がハマスへの報復を宣言、ガザを空爆 2日 東エルサレムでパレスチナ少年が誘拐され遺体で発見。 パレスチナ人側が抗議活動を活発化 6日 イスラエル警察、パレスチナ少年を誘拐・殺害した容疑でユダヤ過激派とみられる6人を逮捕 8日 空爆がガザ全域に拡大。ハマスもロケット弾攻撃を強化 10日 国連安保理が緊急会合 14日 エジプトが停戦案。翌15日にイスラエルは受諾、ハマスは拒否 15日 ガザからの迫撃砲弾で、イスラエル人男性が死亡。パレスチナ人の死者数は200人を超える 17日 国連の求めに応じ、5時間の「人道的休戦」が実現 (以上、朝日新聞電子版7月19日付の記事より一部抜粋) 地理的な距離というのは「臨場感」という点で決して馬鹿にならないもので、滅多にテレビを見ない私も、滞在先の東京の部屋でたまにニュースなどを見るときに、あるいは上記のような記事を新聞等で見かけるときに、スイスにいるときとは比べ物にならない「希薄なイメージ」しか抱けないことに、まずは驚いている。 他方、空爆開始から1週間、10日と日がたった頃から、フェイスブック上でイスラエルの友人たち、あるいは他の国々に在住するユダヤ人の友人たちが少しずつ、この事態に反応し始めたことで、多少、臨場感らしきものが生じてきた。そして、多くの場合、それらのポストに対し、私は困惑の思いを抱いているのである。 そんな友人知人たちの一人、テルアビブ在住のMは、もうかれこれ20年来の友人で、私は実に多くのことを彼女自身の波瀾万丈人生から教わってきた。また、そうした経験がもたらしたであろう彼女の深い洞察力は、私にはいつも大変に刺激的なものだった。進歩的な、リベラルなイスラエル人というのは、こういう人のことをいうのだろう、と、ずっと思い続けてきた。だからその彼女が、ある日、ウォールフォトにイスラエルの国旗がはためく写真をアップしたとき、私は腰が抜けるほど驚いたのだった。 この戦時下に、この写真をアップすることは、一つの態度の表明に他ならない。普段、まず投稿をしない彼女が、なぜ、突如としてこのアクションを・・・・・? なにか、とんでもないものを目にしてしまったような気がして、そこに「いいね」ボタンを押すことはおろか、写真を見ること自体、あまりに居心地が悪く、とっさにログアウトしてしまったくらい。もともとシンプルに愛国的な人がこのアクションであれば、特に驚くには当たらない。事実、イスラエルの空爆を「正当化」するような記事をシェアしているような人も散見したが、彼らは「よき母」「よき父」「よき隣人」ではあっても、あまり物事を深く批判的に考えることが得意でない人たちであるから、ああ、こうなっちゃうのか、と思うだけのことである(とはいえ、こうしたアクションの一つ一つが、私と彼らとの間の見えない溝を深くする要因となることは疑いないのだが)。けれど、ことMに限っては、このアクションは到底看過できない。 戦争とはかくも人間の意識の中の何かを麻痺させたり、鈍化させたりするものである。そのことを私は今回、Mの唐突なアクションによって痛感した。そして、東京で友人知人や娘と楽しい日々を過ごす中、どこか暗く重たいものをみぞおちのあたりに感じ続けてきたのである。 そんな折、別の友人(彼女もまたMなので、こちらはM2としておこう)が今朝、立て続けに紹介していた記事や動画には少し救われた思いになった。M2はロンドン時代の友人で、もともとはカリフォルニア出身のアメリカ人。バークレー大学院時代に知り合ったイスラエル人と結婚し、長らくロンドンに住んでいたが、数年前にイスラエルに家族と共に移住。国籍はアメリカのままなのか、イスラエル国籍も取得したのか、そのあたりは知らないけれど、ユダヤ教でもないのに、よくぞ移住を決心したものだ、と、正直、私はかなり驚いたのだった。 イスラエル、パレスチナ双方の「戦争によって子供を亡くした親の会」というようなものがあり、彼らがテルアビブ市内にテントを張って、静かな抗議の声を上げている、という記事を、このM2が紹介していた。そしてそこにはたった一言、彼女自身のコメントが添えられていた。 「sanity(正気)」 この6文字に込められたM2の思いがストレートに伝わり、サイレンの鳴り響く戦時下の国のイメージが、一気に近いものとなった。と同時に、私は自分自身の「ある躊躇」に対して、反省したのだった。 数日前のこと、スイスの友人が紹介していた記事(このブログ記事のトップに掲げた写真の記事がそうなのだが、タイトルは「人間、このあまりに非人間的なるもの」)を私は興味深く読み、その趣旨に賛同したにもかかわらず、いつものようにあまり後先考えずに瞬時にして「いいね」ボタンを押すことが、そのときにはできなかった。なぜならば、イスラエルの友人たちへの「気遣いや遠慮」という気持ちがそこにあったから。イスラム圏とアメリカを除く世界の大勢は「パレスチナ可哀想、イスラエルひどい」という思いを共有している。深い事実の理解の上にたってそうしている人もいれば、情緒の部分だけでそうしている人もいるが、この認識がマジョリティであることには変わりない。イスラエル、どうみても分が悪いのである。ホロコーストでさんざんな目にあって、また今も「ひどい人たち」という視線を世界から浴び続けている彼らの孤立無援状態を思うと、そこに個人的なつながりがあるぶん、私だってやや同情的にならざるを得ない。根っこのところでは、「イスラエル、もういい加減にしなよ」と思っているが、それを声を大にして彼らとの共通言語(英語)で表明することが、できづらい。そういう人間関係の中に生きていることが、件の記事を読んだときの躊躇の背景にはあった。腰砕けだな、と我ながら恥ずかしい。 いかなる理由をもってしても、戦争を正当化することはできない。人が人を殺めることを正当化できる理由などない。滞在中の日本で感じるなにやらきな臭い空気、普段のスイス暮らしではなかなかここまで臨場感を持ち得なかった仕方でそれを今、感じつつ、戦争というのは人間の意識のある部分を麻痺させ、鈍化させるという、上で既に書いたことをもう一度、いっておこうと思う。あの聡明で冷静なMですら、ちょっと我を失っているのである。いわんや、コモンピープルにおいてをや。 M2の放った sanity 6文字(日本語では、正気、たった2文字)の重みがずしりとのしかかる。もうすぐ梅雨明け。暑く(熱く)なりそうだ。
by michikonagasaka
| 2014-07-22 10:24
| 考えずにはいられない
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