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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2015年 01月 19日
![]() フランスの風刺雑誌Charlie Hebdoのオフィスが襲撃された事件が起きた日、事件勃発から一時間もしない段階でパリ在住の友人がフェイスブックにJe suis Charlieというメッセージを上げていた。最初は何のことかわからなかったが、そのうち続々と類似のポストが上がってきて、またたく間に私のタイムラインはシャルリー一色という異常事態に。事件の詳細についてはあちこちでたくさん報道されているのでここでは特に書かないが、パリを皮切りにヨーロッパに20年以上暮らしてきた者として、ここで少し立ち止まってあれこれ考えてみようと思う。 * * * 冒頭のイラストレーション。これもまたフェイスブックで友人(スイス人)が投稿していたもの。ドイツのどこか、と思われる町にモスクが建っている。その尖塔(モスクの象徴であるミナレット)の上で、イスラム教徒とおぼしき人がJe suis CHARLIEと叫んでいる。前を通りかかった善良そうなドイツ人と思われる白人男女が、尖塔を見上げ、つぶやく・・・・「あいつらは、まずドイツ語を正しく話せっていうもんだ、まったく」 これを見て、あ〜可笑しい、と、暗い笑いを浮かべられる人は、日本語話者の中にはそれほど多くないだろうな、ということをまず想像する。 このイラストを投稿していた友人は、そこに添えた自らのコメントで、日本語にするとおよそこんなことをいっている。 「この件についての話はなんだかややこしくなってきた。でもそれ(ややこしさ)を、こんなふうに一枚の絵にうまいこと盛り込める人たちっていうのも、いるんだね」 これを読んで、やれやれ、まったくね〜とため息混じりに小さく笑える人も、日本にはそんなにたくさんいないだろう、と思う。移民をたくさん受け入れてきたヨーロッパの国々(その筆頭はフランス)が共通にかかえるジレンマ、高邁な民主主義の理想と、その実践との間のギャップと困難、そして一般大衆の無知や偏見。こうしたことは、やはり現地に暮らし、その国に税金を払って、その国の報道に触れ、友人知人の何気ないひと言などを耳にする機会がないと、なかなかピンと来にくいものなのだろうなあ、ということを今、改めて感じている。 それにしても、あっという間に世界中に広がったJe suis Charlieの連帯に、おそらく最も冷淡、あるいは無関心だった国の一つが日本であった、ということが、今回、まずは最初に驚いたことだった。そして最も頻繁に見かけた反応が「表現の自由という名の下で何を表現しても許されるのか?」「特定の宗教をあそこまで侮辱するなど許せない。もちろん人殺しはよくないけれど」というようなもので、数こそそれらよりは劣るものの、「あそこまでひどい侮辱を続けたのだから、制裁を受けても仕方がない」というようなもの。 この事件に関して、まずは心情的に、次いで、徐々に気持ちが落ち着いてからはもう少し知的な仕方で、自分はやはりJe suis Charlie側にいる人間であることを痛感したし、現在もその気持ちに変わりはない。日曜日のマーチにはフランス全土で400万人近くの参加があったそうだが、そこで彼らが死守したかったのは、よくいわれる「表現の自由」だけでなく、「寛容」であったという点が、どうも数多の(日本での)報道からは抜け落ちていた、という気がしてならない。多様性や異質なものを受け入れ、それと共棲していこう、少なくともそれを理念としては目指していこう、という意味における「寛容」。暴力や脅しによって、寛容な社会が脅かされることはあってはならない、怖がっちゃいけない、意思表明して死守しなくちゃ。そういう気持ちを、あの日、多くの人が、かなり真摯に抱いていた、と私は今でも思っている。 この「恐怖」というのもまた、日本ではなかなか実感しにくいのだろうなあと思う。何に対する恐怖か。それは最近、にわかに台頭してきた「イスラム国」に代表される、民主主義も寛容もまったく通じない一連の人々の存在に対して。どうして彼らが短期間にこんなに勢力を伸ばし、こんなに多くの若者を世界中から引きつけ、そしてこんなに多くの人々を、一般人が到底直視し得ない仕方で次々と殺戮し続けてこられたのか。その背景には、サダム・フセイン崩壊後のイラク、そこからアメリカ軍が撤退し、その後にスン二派とシーア派の争いがあり、虐げられたスンニ派の抗議デモがあり、そしてそれへの軍事力による抑圧といった事態があった。少数民俗のクルド人たちの存在があった。国政において、また西洋との関係において矛盾を内包し続けてきたシリアという国があった。アルカイダという組織があった。そしてもう一つ。ヨーロッパに移民したイスラム教人口のうちの、鬱屈や不満をかかえた人々の存在があった。 他方、ヨーロッパでは、植民地時代という負の遺産への反省や悔いという罪悪感に背中を押された移民政策というものがあった。ナチスドイツの悲劇があった。中東政策、アフリカ援助などにおける数々の失政、失敗があった。オイルマネーへの依存があった。イスラエルとのアンビバレントな関係があった。そして国内の失業率の問題があった。そうしたもろもろを克服していく拠り所として、フランスの人権宣言に代表される、西洋的価値観があった。 その西洋的価値観においては、人間は平等で「あるべき」であり、国政は政教分離のもとで「なされるべき」ものであり、公教育の機会はすべての子どもに「与えられるべき」であり、そして表現、信教、移動の自由は最大限、「尊重されるべき」ものである。そういう理念のもと、彼らは、アメリカのポリティカリーコレクトとはまた別のスタイルで、大量の移民を受け入れ、文化や宗教を異にする人々に対し、大量の税金を投入して低家賃の(けれど人間の尊厳を守るレベルを保った)ハイライズ住宅をつくり、難民ビザを大量発行し、国籍を授与し、同化政策を促進してきた。自由は、すべての信教、すべての人種、すべての意見や立場を持つ人々に平等に与えられてしかるべき、という理念のもとに。 長年この地に暮らしてきた人間の一人として、それも一人の移民のはしくれとして、そのことを私は保証できる。同化政策の実行面においては、実に多くの困難があり、それに伴って不満分子をたくさん育ててしまったし、また国内にも反移民、外国人排斥の欲求に走る極右的な人口はそれなりの割合でかかえてきたとはいえ、それでも一応、意図としては「なんとか頑張ろう」「差別主義に魂を売り渡すことなく、西洋的な民主主義によって、困難を乗り越えていこう」という善意があった、と思うのだ。たとえ、そこにいくばくかの傲慢(上から目線)や、ナイーヴな楽天主義があったとしても。 そうした彼らであるからこそ、今回の事件に際し、これが間違っても「反イスラム」に流れてはいけない、という(マジョリティの人々の)思いに嘘はない。とはいえ、恐怖は日常生活の中で具体的に存在するし、そうした恐怖への素朴な反応として、「ずっと助けるつもりでやってきたことが、こんな形で裏目に出てしまうなんて」という、ものすごく苦い思い、行き場ののないジレンマやフラストレーションというものが噴出してきたこともまた否めない。 ちなみに先ほど言及したイスラム国について少し補足。ヨーロッパに住んでいると、イスラム国の台頭は、本当に対岸の火事ではなくて、自分たちにストレートに関係してくる出来事であるという実感がある。日本の友人にすすめられて見たアメリカのドキュメンタリーが、イスラム国の成り立ちや現状について、詳しく丁寧につくられていて、その実感にさらに並々ならぬ危機感が加わって戦慄を覚えたのはつい昨日のことだった。(参考までに、その番組はこちらから見られます。英語で小一時間ほどなので、ご興味があれば是非、ご覧になってください。こういうものこそ、NHKあたりが放映権を買って日本語字幕をつけてオンエアすればいいのに、と思います。) さて、そんな折り、昨日のル・モンド紙に掲載された一つの記事。アメリカ在住の社会学・じんるいがくの研究者(フランス人)が、今回の出来事に際して執筆した記事に、私は文字通り、はっとしたのだった。全文を訳すのは大変だし、コピーライトの観点からもそういうことが許されるかどうか私にはよくわからないので、以下、簡単な抄訳を記しておく。こういう記事を、このタイミングで掲載するメディアがごく普通にあるということ。それは、日本のメディアの腰の引けた自主規制だらけの現状のかたわらでは、やはりまぶしいものに映る。あの集会に、Je suis Charlieというプラカードで参加する人たちと共に、Je ne suis pas Charlieという人、Je suis Ahmed※という人など、さまざまな立ち位置の人々がいた。イスラム教徒もユダヤ教徒もたくさん参加した。各人の思いや思惑、思想や理念にはたくさんの差や違いがあったけれど、違いをそのまま集会という場で表現してももちろんオッケーなんですよ、ということこそが、究極のJe suis Charlieなのである。 この記事は、フランスにおける移民政策、そこに潜む偽善や失敗にかなり手厳しい。そして、今回の悲劇の少なくとも原因の一つを、そうした移民政策の失敗に起因する社会要因に求めようとする。この段階で、こういうことをきっぱりと発言するのは、だが決して彼だけではない。彼らの批判精神は、宗教的過激派にだけでなく、自分たちにも向けられているのである。Je suis Charlieは、Je ne suis pas Charlieを、少なくとも原則的には絶対に排除しない。そのことを、日本の読者の方々にほんの少しでも理解してもらえたならば、私はそれで少し、心が安らぐ。 ![]() 以下、件の記事の抄訳+意訳です。 「恥ずべき怪物的なるものとして、今日、糾弾され拒絶されているものを作り出したのは、他でもない、我々の社会なのだ」(タイトル) 呆然自失の数日を経て、今、この悲劇について熟考するべき時がきた。あの状況では無理もなかった感情のうねり、そしてその結果としてのコンセンサスの勢いに乗じて、何を思い、何を口にしても構わないような雰囲気が生まれ、イデオロギー的な安全網ぎりぎりのところで、問うていいことと悪いことが混じり合っているような状況。そこでは「誰かのせいにすること」が必要になり、分析には信が置かれにくくなる。「ずっと“理解しよう”としてきたけれど、もう疲れてしまった。もう十分過ぎるくらい寛容で親切にしてきたじゃないか」ーーそう私に打ち明けたのは、これまで市民運動にずっと熱心に関わってきた左派の人物だ。「理解しようとする」こと、すなわち「正当化すること」。であれば、理解に疲れた我々は、その代わりに人を「裁く」ことへと舵を切る。裁く対象は、今回の殺戮者たちに限らない。黙祷をぶっちぎったセーヌ・サンドニ(※移民が多い郊外)の高校生たち、je seui Charlieということを拒否したイスラム教徒たち、1月11日の行進に加わらなかった人たち、学校給食にハラルの食事を提供する団体、そして、理解することをまだ諦めない研究者たち・・・いずれもが裁かれる対象となったのだ。 (中略) なんでも「社会のせい」にするのは、「自己責任」に信頼を置くリベラル派の間ではいつも評判が悪いことだった。社会的説明を避ければ、けれど、すべては個人、凶悪だったり病んでいたりする個人のせい、ということになってしまう。今回の殺戮者たち、そして、その社会的、人種的、宗教的類似性から、いっしょくたにされがちな「郊外のごろつきたち」、いずれも、由々しき個人、ということで片がついてしまう。けれど、共和国的価値で名高い我々の社会の構成員に他ならない彼ら「郊外のごろつきたち」がどんな経験をしてきたかに、今ここで敢えて光を当ててみようではないか。 とりわけ高い失業率と不安定に覆われた地区で暮らし、人生の早い段階で烙印を押され、差別の対象となることに慣れ切ってきた彼らは、警察に止められたら決して挑発するような態度をとっちゃいかんと親に言い聞かされて育つ。実際彼らはその見かけのせいで、しょっちゅう警察に止められ、身分証明書の提示を求められる。就職活動の際には、どんなディプロマを手にしていようとも、肌の色や苗字などがハンディになることを知る。不動産を探すときも同じことだ。 もし彼らがイスラム教徒であれば、ましな礼拝所を作る許可が下りなかったからといって、地下室や掘っ建て小屋のようなところで祈祷をすることもあるだろうし、クリスマスや復活祭、昇天祭などは祝日にさせられる代わりに、もし彼らの宗教的祭日に学校や職場を休もうものなら「ライシテ=政教分離」をリスペクトせよといわれる。イラクやアフガニスタンの牢屋で、アメリカ兵が囚人たちのコーランに放尿して彼らを侮辱する様子などをどこかで目にしたことがあるかもしれない。米軍によるイスラム教徒への拷問よりも、イスラム国によるキリスト教徒の殺害のほうがメディアではずっと大騒ぎされるように感じるかもしれない。パレスチナ自治区で、フランス政府の援助を受けた作戦が、市民の犠牲者を多数出していることを知るかもしれないし、空爆への抗議デモは内務省によって禁止されていることも知るかもしれない。 彼らの多くは、押し黙り、顏をそむけて生き続けていく。けれど中には、ごろつきや犯罪者になり、宗教的過激や暴力、殺戮へと突入していくものたちがいる。 「我々はひとつの国民」ーーあの集会の翌日、ある新聞が高々と掲げたタイトル。けれど、この「ひとつの国民」に自分たちは含まれていないのだと感じている人たちは、じっと押し黙ったままだ。(中略) 「ユダヤ教徒のフランス人なくして、フランスはフランスではない」ーー大統領が熱い連帯感でそう語ったのを彼らは耳にしただろう。そして、フランスの大統領が「イスラム教徒のフランス人なくして、フランスはフランス足り得ない」と宣言し得る日が、いつしかやって来ること。それを彼らは、まずあり得ない幻想と知りつつも、こっそり夢見ているのかもしれないのだ。 いろいろな思いや考えが錯綜し、すっきりとまとまりのいい形でブログ記事を書くことが不可能だった。けれど、こうした問題には、しょせん、すっきりとまとまりのいい形での解答とか解決法などというものがない、というふうにも思う。せめて、せめて、この自由を享受できる環境の中で、考えたり、疑問を持ったりすることだけはほそぼそと続けていきたいものだと思う。今朝の日本の新聞で、安倍首相が現在、エジプトを皮切りに中東訪問中であることを知った。かの地での深刻にして根深い問題、そしてそうした中東諸国の諸問題を自分たちの国内問題として同時多発的に経験している陸続きの土地があるということを、よく理解された上での訪問であることを願っているが。 ※Ahmedは今回、殉死したイスラム教徒の警察官。これに関して、下のツイートに毎日新聞(1月11日付)がとんでもない誤訳をつけて紹介していて、ああこういうところからもbetween translationの「大きな誤解」が生まれるんだなあとため息をついた。念のため、明らかな誤訳部分を抜き書きしておきます。これ、驚くほどのミスリーディング。 「私はシャルリーでなくアハメド。殺された警官です。シャルリーエブド紙が私の神や文化をばかにしたために私は殺された」 ![]() ※※この記事を投稿したあとに見つけた記事をシェアしておきます。イスラム国にジハードとして参加しているもとプロテスタントのドイツ人に、同じドイツの作家がインタビューをしたもの。動画最後に、作家氏のメッセージがドイツ語と英語併記で記されています。イスラム国の「最大の敵」は、イスラム教徒内の(彼らにいわせるところの)「不信心な輩」。そこにはスンニ派のイスラム教徒、そして世界に散らばる99パーセント以上の穏健なイスラム教徒たちも含まれるのです。 イスラム国で戦うドイツ人「イスラム国はヨーロッパを征服する」(ハフポストジャパン) ![]()
by michikonagasaka
| 2015-01-19 03:24
| 考えずにはいられない
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