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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2015年 06月 09日
![]() 本日は、作曲家シューマンの誕生日(1810年6月8日生まれ)。 名前がSCHではじまるもう一人の作曲家と共に、私はこのシューマンが大好きだ。本当に、大好きなのだ。 理由はわからない。気が合うとか、波長が合うとか、趣味が合うとか、たぶん、そういったことなのだと思う。目隠しテストのようにして、知らないシューマンの曲を、誰か他の作曲家の曲と並べて聞いたとしたら、きっと私はシューマンの曲のほうを迷わず選ぶ。 初めて弾いたシューマンのピアノ曲はアラベスクだった。アラベスクという名前の曲は、これを含め、たぶん三つくらい弾いたことがあるような気がする。一番最初は、子供のとき。誰もが練習するブルグミュラーのアラベスク。どういうわけだか、その曲を私は今でもたぶん暗譜ですぐに弾けると思う。なんだかよく覚えているのだ。 二番目と三番目のアラベスクは、いずれも最初のアラベスクから40年以上たってから、おずおずと弾いてみた曲で、ひとつはドビュッシー、そしてもう一つがシューマンのアラベスクだったのだ。 子どものとき、アラベスクという言葉の意味は知らなかったし、それを教えてくれる先生も持たなかった。ブルグミュラーとドビュッシーにはさまれたある時点で、私はアラベスクの意味を知った。最初はアラビアの文様の名称としてそれを知り、ずいぶんたってから、バレエのポジションの名前としてそれを知った。英語でもフランス風にarabesqueと綴られるのが、異国情緒をいっそう色濃いものにして、千一夜物語の帳(とばり)の向こうへと人をいざなう。そういう香しい濃厚な響きを、このアラベスクという言葉は内包している。 植物の蔓や花、星形の組み合わせなど幾何学的なデザインは、どこか日本の唐草模様を思わせる装飾文様。モスクをはじめとするアラブの建物の壁や床、ランプのオーナメント、フェンスの細工模様など、アラベスクは中近東や北アフリカからスペインにいたるまで、アラブ文化の影響が及んだ土地であまねく愛好される伝統文様。音楽では、このデザインの印象を音で表現して、装飾的で技巧的な音型を散りばめた幻想的な作品、というのが一応の決まりのようである。 シノワズリーやジャポニスムと同様、アラベスクもまた、ヨーロッパから東洋を眺めたときに、なにかエキゾチックで素敵なものとして、人々の心を強くとらえた美意識の形。人生の半分近くをヨーロッパで過ごしてみると、東洋を眺める視線のある部分が、否応なく、どことなくヨーロッパ的になってくるものであり、そういう「半分ヨーロッパ的な気分」の中で弾いたり聞いたりするときに、シューマンやドビュッシー、そしてブルグミュラーのアラベスクさえもが、独特の魅力と芳香を放って迫ってくる、ということを、近頃の私は思う。 ああそれにしても、シューマンのアラベスクの、なんと美しいことでしょう。 諸般の事情により、ここしばらく、ピアノとはあまり縁のない生活を送っているけれど、いっとき、私なりに一生懸命練習したり、考えたり、感じたりしたことは、あながち無意味だったとも思えず、その証拠に、今、アラベスクを改めて聞くと、たぶん数年前には聞こえなかったことがたくさん聞こえてくるような気がする。 ![]() ロマン派の音楽が好きなのは、それが「形式」や「予定調和」を大きく超えたところに、人の心模様を重層的にたっぷりと歌い上げてくれるから。ドイツ人だろうがオーストリア人だろうがフランス人だろうが、そんなことは実のところ、あまり関係ないように思う。喜んだり悲しんだり、有頂天になったり落胆したり、楽天的な境地に遊んだり、絶望にうちひしがれたり、少し得意になったり、劣等感にさいなまれたり、いじけたり。そんな心模様は誰にだって訪れる。恋愛がらみでも、神との対話でも、自分との対峙でも、そうした心模様は移ろいやすい天気のようにして、情け容赦なく人間に襲いかかる。そして、シューマンのアラベスクから聞こえてくるのは、アラベスク文様のごとくに、装飾的に、繰り返し的に編み込まれた、華やぎと哀愁。香り高いバラの花と、衣擦れの音と、すすり泣きの声。 アラベスクという言葉の意味がわかる大人になれてよかった、と思う。世界をいろいろ見聞きする機会に恵まれたことも、マラケシュやエルサレムでたくさんのアラベスク文様に出会ったことも、やはりよいことだったと思う。 アラベスクを練習していた頃、あるいはその少し後だったか。ホロヴィッツのCDをジュネーヴのFNACという本&CD屋さんで買った。たった10年ほど前に過ぎないのに、あの頃は、今のようないろいろな音源から音楽を聞くということはまださほど一般的ではなく、音楽はCDを買って聞くもの、という時代だった(YouTubeの登場は2005年)。そのCDの中に、アラベスクも入っている。ずいぶん久しぶりに、今晩はそれを聞いた。不覚にも涙が出てきたのは、それは純粋にそこにあった音楽に感動したためだったのか、それとも、音楽の向こうに蘇る記憶の数々のせいだったのか。 ハッピーバースデー、大好きなロべルト・シューマン!
by michikonagasaka
| 2015-06-09 06:27
| ピアノのお稽古
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