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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2015年 07月 09日
![]() フランスにLes Belles Lettresという出版社がある。このご時世に、古今東西の「古典」や哲学書の類を出版し続けていて、そのラインアップには目を見張るものがあり、新刊の案内が届くたびに、ああいいないいな、と一人で地味に拍手を送っている。 さて、本日、届いた新刊予告案内(発売は9月)は「ギリシャとラテンの長編小説(roman)」という本。折しも今、ヨーロッパはギリシャ問題で大騒ぎだが、そんな最中(さなか)に数日前、大学時代のギリシャ語の先生からご著書(翻訳)「アンティゴネー」(岩波文庫)を送っていただいたばかり、そして今日はこの新刊案内。ギリシャ続きの偶然に思わず口元が緩む。こういう「誰も見向きをしないもの」だけがもたらしてくれる静かな悦びに逃れるひとときというのは、これで相当かけがえのないものである。 記録的猛暑だとかいう今年のスイス。その暑さから逃れ、暑苦しい世間から逃れる。一介のアマチュア(というかそれ以下)の人間にとって、何の役にも立たないけれど、ただ読んだり学んだりすることが楽しいという対象は、美味しいお酒と同じくらいの宝である。ベストセラーにも大スターにもあんまり感動しない人間は、いつだってマイナー万歳なのである。 で、マイナーついでに簡単にご紹介しておくと、この本は「古代ギリシャとローマの長編小説の総合的・本格的な評論」で、この時代の代表作を紹介しながら、時代背景や丁寧な解説を添えることで、現代の読者への格好の手引書たらんことを目指しているもののようだ。紹介文によると、「1958年にピエール・グリマルのプレイヤード版が出て以来、ギリシャ語とラテン語による長編小説(ロマン)は、全集編纂や新たな翻訳の試みとは縁のないままだった。これらの長編小説は、ビザンチン時代から19世紀にいたるまで、廃れることのない人気を保ってきた。長編小説そのものが文学ジャンルの主流になった今、けれど、これらの古代文学作品は現代の読者にはあまりよく知られていない。こうした作品のもつ異国的なるものと、にもかかわらずの現代性は、読みやすい翻訳と相まって、読者を新しい驚きで満たすことだろう」とのこと。 いい感じ、とにんまりしながら、けれどもちろん私は知っている。文化的、言語的、そして政治制度や法の上でもギリシャ・ローマ文明の直系の子孫であるフランスでも、こんな本はもちろんたいして売れるものじゃない、ということを。「すっと読めて、すぐにコピペしたりシェアしたりできるもの、そしてすぐに忘れ去られるもの」が世を席巻しているのは、フランスも日本も同じことだ。そんな環境の中、この出版社のように、SNSを上手に使い、ヴィジュアルもなかなかお洒落に、良質の本を編集出版し続ける人たちがいるというのは、やはり嬉しくありがたい。 つい数日前に合格発表が行なわれたばかりのフランスのバカロレア。毎年、マスコミで必ずとりあげられるのが「哲学の問題」だ。今年の問題はどんなだったかというと、 ・生きとし生けるものをリスペクトすることは、倫理的義務であるのか? ・個人の意識というのは、彼(彼女)が所属する社会の写し鏡に過ぎないのか? ・芸術作品とは、常に何か意味のあるものなのであるか? ・人間は自由なくして幸福足り得るか? ・トクヴィル、スピノザ、キケロ、ヒュームのテキストの抜粋についての説明を求めるもの。 などなど。相変わらず、なかなかガッツリとした問題ばかりがずらりと並んでいる。 それと比べるわけではないけれど、今、日本で騒がれている「大学から文学部を排除する」ような動きといい、さらりと読める啓蒙書の類の流行といい、わかりやすいセンチメンタリズムの横行といい、政治家たちの空疎な言葉といい、がっかりすることがあまりに多い。古典派の私としては、それはもうこの世から消えてなくなりたいくらいの失望なのだけれど、それでも毎日、ご飯を食べ、美味しいお酒をいただいて、ヨガをしたりピアノを弾いたり、楽しい読書をしたりしながら、極楽とんぼみたいな顏をして暮らしている。 ![]() アンティゴネーは有名な話だからだいたいの筋は知っていたけれど、こうして改めてこなれた訳文で呼んでみると、潔くて男っ気のある(笑)アンティゴネーはやっぱりカッコいいし、ギリシャ悲劇の大らかさと緻密なドラマトゥルギー、死せるもの人間の「どうにもならぬ定め」に対するある種の受容と諦観に感服し、作者ソフォクレス(ソポクレース)の人間的な魅力にまで思いがいって愉快になる。ワインもますます美味しくなる。余談ながら、アンティゴネーと合わせて送っていただいたもう一つのご著書「極楽のあまり風」は、ピケナス出版という小さな新しい出版社が版元。ピケナスとは、かの有名な古代アレクサンドリア図書館の蔵書目録のことなのだそう。出版人の思いや希望がストレートに伝わってくる社名ではある。 「極楽のあまり風」というこの本の題名もまた、とても素敵だ。この題名に関しての著者自身の言葉をあとがきより少し引用させていただく。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 小さなエッセイ集の書名を考えるにあたり、『極楽のあまり風』が既に何度か使われていることを知らぬではないが、これの捨て難い理由も幾つかあった。 一つは母の思い出である。大正5年生まれの母は、私の幼い頃にはまだ着物で過ごすことが多かった。暑い夏にも家に扇風機がなかったのか、お住持(じゅっ)さんお参りに来て下さると、母が後ろに座って団扇で風を送る、そんな時代であった。通り庭の竃(へっつい)さんで煮炊きをするのは苦行であっただろうが、ふと風が通り抜けて、「ああ、極楽のあまり風や」と母が漏らしたことがある。それは初めて耳にする言葉であったが、意は自ずと明らかで、母から教えられた、快いものを表す美しい言葉として私の中にとどまった。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 題名の由来の一つはご母堂の思い出、そしてもう一つは、著者が西洋古典を学ぶ徒となりながら、その「学問分野においても、大道を行かず委蛇(いい)たる脇道に遊ぶことが多」く、「幾重にも負い目を感じる身」であったことから、「西洋古典を学ぶことを極楽と言いながら、この小文集をあまり風としか呼べぬ所以」なのだと書かれている。 極楽のあまり風。なんて美しい言葉だろう。 言葉のぞんざいな大量消費、あまりに醜悪な日本語に、息も絶え絶えな今日この頃。極楽のあまり風にでもあたりながら、極楽とんぼを自認する人間はやっぱり自分の書けるものしか書けない、それでいいのだ、仕方ない、と諦観できたらさぞかし楽しかろうと思う。 ![]() ※冒頭にご紹介したフランスの出版社のロゴマークはフクロウ。そしてフクロウは私の偏愛する生き物。さらにはこの出版社は日本文学の翻訳ものも、出版点数は少ないものの、そのチョイスに「こだわり」が感じられて好感が持てる(笑)。
by michikonagasaka
| 2015-07-09 16:23
| 本
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