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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2016年 01月 12日
![]() ふと気づいたら、今日は鏡開き。新年のご挨拶をと思いながらすっかり怠けてぐずぐずしているうちにこんなに時間がたってしまいました。大変遅ればせながら、明けましておめでとうございます。旧年中は拙ブログにお目を通していただき、時に励みや刺激になるコメント等もちょうだいし、誠にありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 昨年の11月13日、ご存知のようにパリでテロ騒ぎがあり、多くの方が亡くなりました。パリによって育てられ、鍛えられ、両目を開かれ、パリによって、どこか「自分が自分になった」、という印象を引きずりながらその後の人生を世界のさまざまな土地で生きてきた私にとって、あの11.13は、幾重にもショックな出来事でした。 もともと12月にパリへ行く予定でいましたので、テロ事件のわずか2週間あまり後、というタイミングでしたけれど、予定通り出かけてきました。仕事の案件も少しだけありましたが、自由時間がたっぷりあって、まるで30年近く前、サンジェルマンで学生をしていた頃のようです。予想に違い、町中には特に物々しい雰囲気もなく、カフェのテラスやセーヌの河畔では、恋人たちや友人たちがキスをしたり語ったり見つめ合ったりして、無数のミクロコスモスが折り重なるようにして生き生きとそこにある様が、とても美しく、胸に迫りました。 いつも思うことですが、パリの町中には自由業的な雰囲気を漂わせた人々というのが実に多い。一杯のエスプレッソで悠然と1時間でも2時間でもそこに座って、なにやら書き物をしていたり、あるいはただ、ぼんやりしていたりする。ネクタイはしていないかわりに、ツイードのジャケットのブトニエールに小さな花を差していたり、きれいな色のスカーフをしていたりするムッシュたちには、よくこなれたくだけたエレガンスが漂い、一方、個性と自由を愛しているに違いないと見受けられるご婦人たちは、その私生活はどんなだろう、と、それぞれに好奇心をそそる面影やたたずまいが真骨頂。ああ、パリにいるんだな、という感動が、じわじわと湧いてきます。その感動は、やがて深呼吸したくなるような高揚感へとつながり、テロ行為によって、こうした日常が途切れてしまうかもしれない、ということへの猛烈な拒絶反応の感情が自分の中に生まれてくることがよくわかります。 パリの人たちは、どこか「ほとんど意地になって」街へ繰り出し、カフェのテラスに座り、美術館や映画館に出かけているような印象を少し受けました。恐怖にからめとられてなるものか、日常をそのまま貫いてやろうじゃないの、といった意地。あるいは、あのフランス人特有の「軽やかさ」で、僕たち、別に普通だから、というおまじないを自分たちにかけようとしてしているかのように思われたのです。 残念ながら、その二週間後にあった地方選挙の第一回投票では、いくつかの地方でルペン率いる国民戦線党が第一位になるという結果となり、それを巡っては多くの議論や分析がなされました。40数パーセントだった投票率は、第二回投票では60パーセント近くまで上昇し、また社会党がいくつかの地方で候補者を下ろす作戦に踏み切ったために、結局、国民戦線が勝った(第一党になった)地方は一つもない結果となったとはいえ、得票率を眺めてみれば、歴代最高の40パーセント以上。もはや「マージナルな勢力」と片付けてのほほんとしていられる状態でないことは明らかです。 ![]() ![]() 2015年最後の日、ドイツのケルンでは大晦日のパーティで街に繰り出しいた多くの女性たちが暴行や窃盗などの被害に遭いました。ケルンの警察は、この異常事態を、けれどすぐに発表することをためらった。マスコミもまた、目立った報道を控えた。なぜか。それは、その犯人たちの、少なくともある部分が、ドイツにおいて難民申請中の人たちだったからです。メルケル首相率いる難民の大量受け入れ政策は、国内外から多くの賞賛や共感を得る一方、やはり国内外で多くの批判や懐疑にさらされてきました。この事件を受けて、「ほれみたことか」という反応が起こり、反・難民政策、ひいては人種差別的な波が起きることをおそらく、警察当局やマスコミは怖れたのでしょう。人道主義的な善意が、法治や報道の公正に足かせをかけてしまったという、皮肉なねじれ現象でした。 難民を受け入れることは、理想主義的なきれいごとだけでなく、実に多くの現実を私たちに突きつけます。ヒジャブで顏や身体を覆い、自由が大幅に制限された女性たちしか見たことのなかった人たちが、ヨーロッパの、時に肌を多く露出したり派手なお化粧をして、同伴者もなく自由に夜道を闊歩する女性たちに対して、性的な免疫もなければ、モラル的な縛りもなかった(そいういう教育を受けていないですから)、ということは容易に察しがつきます。大変な内戦状態を逃れ、大きな絶望と、わずかな希望と共に着の身着のまま、ほうほうの体でドイツまでやってきた彼らは、本当に気の毒な人たちです。しかも、その内戦そのものが、欧米の愚かな軍事介入に端を発している側面があったとすれば(あったと私は思っています)、なおさらのことです。 とはいえ、あの大晦日の夜のような蛮行は、この西欧民主主義会の中ではやはり許されることではありません。楽しく浮かれていたところを、突然、襲われ、羽交い締めにされた女性たちの恐怖はどれほどのものであったことでしょう。 西欧民主主義社会(あえて、西欧といいます。なぜなら、今回の難民問題に関する「東欧」のとった態度や決断は、西欧的な観点からみて、やはり異文化としかいいようのないものであったので)における自由という観念、および、その実践。それに私たちはすっかり慣れ親しんでいるので、その部分が脅かされることに対して、最初はその意味がよく呑み込めなかったりします。卑近な話、たとえば私のような明らかにアジア人の風貌をした50代の女性が、夜、一人でバーでお酒を飲み、下手くそなドイツ語で自分の意見を表明し、自分で車を運転して帰宅し、勝手気ままな服装をし、フォアグラを食べ、ヨガに興じ、なにやらほそぼそと仕事すらしている。誰も文句をいわないし、私が結婚していようがいまいが、性的マイノリティだろうがマジョリティだろうが、どこの国籍だろうが、そんなことは全然問題じゃない。そういう状況そのものが、西欧民主主義社会の賜物なのだ、ということを、普段、当の本人もすっかり忘れています。 11月に起きたテロは、イスラム教そのものとはまったく関係ない、ということを私はつくづく思うのです。あれは、行き場のない若者たちが、手近な狂信に走ってしまった結果のできごとであって、それは、どんな文明内においても起こりえること。西欧民主主義は、だから、自分たちの価値観がおびやかされるこんな事態においても、冷静を失わず、憎しみという安易な逃げ道に迷い込むことなく、またいかなる無批判なドグマ主義に乗っかることもなく、淡々と、けれど知恵と勇気を振り絞って、自分たちの築き上げてきた価値観を守るしかないのですね。自由という価値観があったからこそ起きてしまったこと(移動の自由、居住の自由、信条や信教の自由など)を前にして、与えた自由が逆手にとられた、という虚無感や徒労感も当然あります。11月のテロ然り、大晦日の暴行然り。けれどだからといって、私たちが享受している自由を犠牲にするような強権政治や恐怖政治をまさか許容するわけにはいかない。その辛い矛盾を抱きかかえつつ、けれど、難民を受け入れ、人種差別に断固としてノーといい、女性や子どもの権利や自由を尊重し、極右政党の誘惑に打ち勝たなければいけない。 それをしなくなったら、カフェのテラスで愛を語ることも難しくなるし、好きな音楽に夢中になったり、美味しいご飯やお酒を享受したり、遠慮なく意見や感想を表明したりすることもできなくなってしまうかもしれないから。 ![]() ![]() そんなことをつらつらと考えながら、うとうとと過ごしたお正月。うとうとできる自由、考える自由は、必ずしも無限にそこにあり続けるものとは限らない、ということを、忘れちゃいけないな、と思います。
by michikonagasaka
| 2016-01-12 07:01
| 身辺雑記
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