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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2016年 03月 19日
![]() 本日、チューリッヒ市内のとある場所でたまたま隣り合わせになった初対面の女性と、どういう弾みだか、しばしおしゃべりに興じるという成り行きになった。ドイツ語圏スイスで、相手がどこの国のどんな言語の人かわからない場合は、とりあえずドイツ語で話し始めるのが普通。その流儀に従えば、数秒後には互いにわかるのだ、ああ、この人はスイス人ではないな、と。次いで、意識の奥のほうで、じゃあ、どこの人かな、という推測ゲームが始まる。 う〜ん、たぶん、東欧のどこか、かな。 彼女のアクセント、外見、醸し出す雰囲気その他から、私はなんとなくそんなふうに思っていた。すると向こうから今度はこう尋ねてきたのだ。 「あなたはフランス人?」 こういう疑問が自然に出てくる背景には、「私のような外見の人間がフランス人である」ということに何の無理も問題もないという認識が普通に存在しているという事実があり、また彼女が、私の話すドイツ語の中に、なんらかのフランス語的影響を感じ取った、そのような言語的敏感さというもがあるのである。 「いえ、違いますけど、長くフランスには住んでましたよ」 「ああ、やっぱり。あなたのドイツ語にはなにかフランス語的なもの(etwas Französisches)を感じたものですから」 「で、あなたはどちらから?」 「ハンガリーです」 ピンポーン。私は自分の推測ゲームがまあまあの線を行っていたことに、ひそかな喜びを覚え、それを勢いにしてか、会話はどんどん弾む。 そして判明したことーーーその女性(たぶん40歳くらい)は、ブタペスト生まれブタペスト育ちのハンガリー人だが、いろいろな成り行きで、アメリカ、フランス、ドイツ、そしてスイスのフランス語圏(ローザンヌ、ジュネーブ、ヌシャテル)とドイツ語圏(チューリッヒ、ベルン)に住んだ経験があり、パートナーはインド人、職業は「フランス語教師」(!)をメインに、外国人駐在員(expat)たちへのリロケーションサービス(住居や子どもの学校を探すお手伝いをはじめ、社会的、文化的な順応、適応のサポートをする仕事)も手がける二足の草鞋である、などなど。 「へ〜そうなんですか。ちなみにハンガリー人のあなたが、スイスでフランス語を教えるって、一体どういう人たちを対象に?」 私自身、ひっそりとささやかに消え入りそうにフランス語を教えたりしていることもあり、ちょっと興味がわいたので、そう聞いてみたのだ。 「ここだけの話ね」 ともったいをつけたあと、声をやや潜めて彼女が回答したのは、 「ベルンの政治家たち!」 というものだった。 ほお、「ベルンの政治家たち!?!?」 * * * ご存知のように、スイスは四つの公用語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)を持つ国である。けれど、そのことは必ずしも(いや「まったく」)スイス人がこれら四つの言語を巧みに話したり解したりできるということを意味しない。最大多数のドイツ語は6割以上の話者(母語)がいるが、二番目のフランス語は約23%、イタリア語は約8%、そしてロマンシュ語にいたっては全人口のわずか1%未満しか(母語として)話す人はいない。そして、学校で第二の公用語を学ぶ機会は義務的に設けられているものの、いまどきのスイスにおいて、たぶん、もっとも多くの人が、もっとも快適に話せる第二言語は英語。にもかかわらず、首都ベルンの連邦会議では、政治家は(英語は除いた上で)少なくともバイリンガル(独・仏、独・伊など)であることを期待されており、また、実際に、議会発言やスピーチ、メディアへの露出といった局面で、その言語力は遺憾なく発揮されなければまずい、ということになっている。 というわけで、ベルンの連邦議会のドイツ語圏出身議員さんたちを対象に、フランス語のレッスンは大いに需要がある、ということなのであるらしい(とりわけ、彼女のように、外国人ながら、ドイツ語とフランス語の両方を高いレベルでこなす人材は、それなりに貴重ということなのだろう)。 そこから話はさらに発展し、スイスにおけるフランス語圏とドイツ語圏のメンタリティの差について、フランス語圏内部における、妙なフランス語の発音や文法について、そして、フランス語圏におけるドイツ語圏をネタにした「笑い」というようなところまで、とどまるところを知らない。 おお、それならば、是非、これを、と、私は先だって見かけたドイツ語圏新聞の記事のリンクを彼女に教えた差しあげた。スイスの連邦大統領(ドイツ語圏出身)が、一週間ほど前の「病人の日Journée des malades 」に際し、ベルン市内の病院の庭で国民に向けて放ったメッセージ(フランス語)の動画(全文)、および、それを採用したフランスのテレビ番組の動画を紹介しつつ、このあまりに退屈で単調なスピーチがまたたく間に世界を駆け巡ったことをレポートする、たいそう自虐的な記事だ。スピーチのテーマが「笑い」だというのに、当の大統領閣下、表情をまったく崩すことなく、微笑みの一つを混ぜることなく、いかにもつまらなそうに、まったく心のこもらぬ仕方で淡々と(強いドイツ語訛りのフランス語で)話すのだから、もう滑稽なんていうものではない。フランス語を普通に解し、なおかつ、スイス人のメンタリティなるものをなんとなく理解している人間ならば、間違いなく抱腹絶倒、というタイプのものである。 「お礼にこれを是非、あなたに紹介したい」 ひとしきり笑い転げたあと、そういって、彼女は自分のiPhoneを取り出し、なにやらググりはじめた。 「あったあった、これだ」と大喜びで彼女が見せてくれたもの、それはスイスロマンド(フランス語圏スイス)の人ならおそらく全員が知っている、お笑いスケッチ番組「120秒」のある日のスケッチ。毎回登場するアナウンサー(フランス語圏)が、ドイツ語圏の軍人をスタジオに迎えてインタビューをする、という設定のエピソードである。冒頭部分を見ただけで、私は声をあげて笑ってしまった。ああ、わかるわかる、と、やたら嬉しくなってしまった。フランス語圏の人がドイツ語圏の生真面目で融通の利かない人たちに対して共通に抱く、あのイメージを、いつものお定まりの仕方で大げさに表現しているものに他ならなかったからである。 * * * ・・・・とこんな話をだらだら続けても、一般的には面白くもなんともないだろうからこのへんでやめておきますが(笑)、何をいいたいか、というとーーー。 私にせよ、ハンガリーの彼女にせよ、このスイスという小国の、二つ以上の言語圏に外国人として暮らした経験があればこそ共有できる素晴らしい喜びがある、そのことをまずは発表したかったのだ。当のスイス人ですら、ドイツ語圏の人は、フランス語圏の人のことが今ひとつよくわからないし、どうも一緒にいてあまり楽しくなかったり、感覚が合わなかったりという経験をしがちである(逆もまたしかり)。さらには、ヨーロッパというこの国境が入り乱れる大陸における、スイスのポジションとかイメージといったものを正しく解するためのリテラシーというものは、やはりこの地(ヨーロッパ、それも複数箇所)に暮らしてみなければなかなかピンとくることではない。と、そんなわけで、私たちのようなノマドな移民的存在は、いろいろな微妙なニュアンスの可笑しさを深く理解し、お腹の底から笑うことの許された、非常に特権的なポジションにいるのである(*)。 さて、私が普段携わっている仕事においては、しばしば「海外からの視点」なるものが求められる。「海外暮らし一年目や5年目」あたりならまだしも、人生の半分以上を「海外」に、それも複数の国で複数の言語と共に暮らしてきてみると、いまさら「海外からの視点」などといわれても、本音を言うならば「そういうものは特にありません」としか答えるしかないのである、実は。 編集者や読者が期待するもの、というのは、元・編集者のはしくれだった私には、もちろんよく理解できるから、時には予定調和的に、求められる答えをそのまま提示してしまうこともあるが、そういうときには自分に嘘をついているような居心地の悪さであとで胃が痛くなったり、消化不良の感じを抱くことが少なくない。けれど、「本当に私が書きたいこと」「私がおもしろいと思うこと」には、あんまり人はついてきてくれないし、理解もしてくれない。なぜならそれは、少々込み入り過ぎているし、多文化的リファレンスが多過ぎて、分かりにくいからである。 おかしいものを見つけたら、とりわけ、現今のSNS氾濫&中毒時代においては、早速、人にそれを紹介して、喜びをシェアしたいという衝動が、どうもこう抑え難いものがあるのだが、喜び(や、時には怒りや悲しみであることも)を本当に共有できる相手というのは、実はそんなにたくさんいないことを痛感し、ちょっと寂しく思うこともある。反面、「英語できる人って、英語で夢を見たりするのだろうか」といった、非常にモノリンガルな発想をしていた頃からしてみれば、ずいぶんと遠くに来てしまったものだ、と、そのこと自体はまんざら悪くない、と思っている自分もいる。 「海外メディアでは」というような、実に大雑把で乱暴なくくりで語られる(意味されている)「海外」って、いったいなんなんだろう。そもそも「海外」が存在しない国に暮らしている身としては、ああ、どこかの海岸を裸足で散歩したり、砂浜にお絵描きをしたり、潮風に吹かれながら物思いの一つや二つにもふけってみたいな、という、そういう形での望郷の思いはこれでもあるのである。 多文化多言語環境に「移民」の身分で暮らすこと自体は、やはり人間同士の関わりというものの幾重もの襞を実感し得るという点で、実に楽しくエキサイティングなことである。海のある祖国にしばしば里帰りをして、そのこと自体はとても楽しい反面、自分の中の移民ステータス、および、移民的マージナルな心のありようをここで見つけるのはなかなか難しい、ということも毎回、思い知らされている。 ハンガリーの彼女とは、あんなに親しく盛り上がったけれど、特に連絡先を交換し合うというようなことはしなかった。無名の移民二人がこんなふうに第三国で出会って、束の間、いろいろな思いを共有して、また他人同士になる。それもまた、楽しからずや、なのである。 *これとパラレルに言えることーー東京出身、東京でしか暮らしたことのない人に特有の、「地方」というものについてのある種の呑気な鈍感さというものを、私は折りに触れて痛感してきた。彼らが「関西」とか「地方」といったときに、非常に大ざっぱに全部をいっしょくたに混同する仕方とか、京都や金沢に痛々しいほどの思い入れや憧憬を抱く感じとか、いずれにせよ、相対化の視点が非常に薄いことを感じずにはいられない。人は「移動すること」「差異に触れること」「その中で、ひそかに同化の努力をすること」などによって、ある種の感性を鍛えることができる。場所を日本国内から地球全体に広げても、まったく同じことがいえると思う。
by michikonagasaka
| 2016-03-19 02:49
| 混沌マルチリンガル
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