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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2016年 12月 14日
学校の先生。激しい空爆下のアレッポから、人生最後のメッセージ。 「僕らは自由になりたかっただけ。けれど世界は自由を欲していない。僕らが自由になるのを見たくはなかった。さようなら。ありがとう」 今日にも明日にも、この街はアサド政権とロシアに制圧され、反政府派は自首、または皆殺しかの、二者択一。 私がドイツでの難民取材で出会ったシリア難民たちは「逃れることのできた人」。この彼を始め、そうできなかった人たちは、無数にいる。無数だったその数が、どんどん「ゼロ」に近づいていく。 それを知りながら、何もできないでいるこの世界とは、一体なんだろうか。「対岸の火事」と思い続けていられる世界とは、一体なんだろうか。 あまりにも気が滅入って、希望が持てなくて、やりきれない。 「何もできないでいるこの世界」について、冒頭の「最後のメッセージ」に先立つこと数時間、同じシュピーゲルオンラインの「世界はアレッポを後追いする」と題した記事の中、 「圧政や民族浄化を食い止めるという国際社会の共同責任が、アレッポをみるならば、無に帰してしまった。」と、国際社会の無力を嘆く。 ナチスの時代と違って、SNSで、その他あらゆるツールやメディアによって、私たちは「そこで起きていることを知っている」。知っているのに、けれど何もできない。知った上での無策は、どう考えてもより罪深い。 時を同じくして、やはりシュピーゲルオンラインから。アレッポから50キロ東の町、ハマで、今朝、化学兵器使用と思われる攻撃により、93人の市民が死亡、300人が負傷を負ったという。刻一刻と、かの地からの速報が飛び込んでくる。 彼らの同胞と何人も知り合ってしまった今となっては、とても他人事だなんて思えるわけがない。せめて、そのことをこうして小さく小さく伝えることで、地球の反対側で共感の渦がほんの少しでも広がることを願ってやまない。 そして改めて思う。少数の個人やグループと、多数の無関心によって誕生してしまう圧政的な独裁政権は、この無力な国際社会においては「できてしまったらもう遅い」ということを。まだまだ大丈夫、まさかこの国に限ってそんなことはあり得ないなどという呑気な確信は、もはや根拠を持たない。 それをどれだけ未然に防ぐか。そこに私たちの、彼らのサバイバルがかかっている。
by michikonagasaka
| 2016-12-14 01:09
| 考えずにはいられない
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