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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2017年 11月 16日
昨日、バレエのお稽古が始まる前、床に座ってバレエシューズ(トゥシューズじゃないですよ、単なるダンスシューズですよ)に履き替えていた時。目の前で私と同じ動作をしているアンヌ・ゾエの白い足元に視線が止まり、「あっ」と息を呑んだ。 「まあ、こんなところに可愛いタトゥーが!」 アンヌ・ゾエは、パリでいうならさしずめ16区のブルジョワ地区に生まれ育ち、カトリックのお嬢さん学校に通ったんだろうなと思わせる印象を与える人で(実際、きっとそうだと思う)、いつも爽やかな金髪セミロングに趣味のよい(けれどダサくはない)出で立ちで、三人の娘たちにも小さかった頃は揃ってボンポワンみたいな格好をさせていたっけ、と数年前の光景を思い出す。ウェディングドレスのデザインの仕事をしていた経験から、夫君の赴任先のスイスで子供服の小さなブランドを立ち上げ、口コミでブルジョワ友人仲間を顧客にしているとも聞いた。何しろそんな人だから、彼女の足に刻まれた、ちょっと年季が入って色の薄くなったタトゥーは、私には大変意外だったのだ。 「ああ、うん、これはね、友達っていう意味の日本語の字をね、リセに通ってた17歳の時に当時の親友とね、半分ずつ、入れたの」 え、そうなのか、と思って目を凝らしてみれば、確かにそこには「友」という字の右半分らしきものが彫られているではないか。 「へえ、そうなんだ」 「二人の永遠(とわ)の友情の証にってね。ワクワクしながら二人で彫り師のとこ行ってね、入れてもらったのよ」 「へえ!」 「ところがね・・・・」 一呼吸置いて、アンヌ・ゾエは続ける。 「このタトゥーを入れた数ヶ月後、私たち、大喧嘩したの」 「あら」 「でね、絶交した」 「・・・」 「以来、実はね、一度も会ってない。彼女が今、世界のどこで何をしてるのか。生きてるか死んでるかも何もわからない」 「まあ・・・・・!」 「残念だけど、とても残念だけど、セラヴィ、だよね」 そう言ってアンヌ・ゾエは少し肩をすくめてからバレエシューズを履き終え、彼女の右足の内側に彫られた小さなタトゥーはシューズに覆われて見えなくなった。 「残りの半分を足して、友達の字を完全な形にしようかな、と実は思ってるの、近頃」 「再出発、的な?」 「まあ、そうかな」 ちょうどクラスが始まったので、私たちは床から身を起こし、それぞれの場所に立ってストレッチの準備体操に取り掛かった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 思想的にもライフスタイル的にもかなり自由奔放だったりリベラルだったりする私の日本の友人の多くが口々に言う。 「ところがね、刺青だけはねえ。自分の子供がそれやることにはすごい抵抗がある」 「おへそや唇のピアスと同等に、受け入れがたいっていうか」 「自分の子供の彼氏や彼女が刺青入れてるような人だとやっぱりね、ちょっと」 時には「お育ちが」とか「社会階層的に」といった踏み込んだ言説も聞かれる。 そう、どうもことタトゥーに関して、彼女たちにはかなり抵抗があるらしい。スイスを始めヨーロッパではタトゥーは完全にファッションなので、それに手を染める若者はものすごく多い。結果、こちらに住む親世代日本人はこうした葛藤に直面する機会には事欠かない。五本の指では全然きかない「葛藤のつぶやき」を私はこの耳でしかと聞いたものである。 そんな気になるかなあ? 校則とか道徳の授業的なものが昔から大嫌いだった私にしてみれば、たかがタトゥーくらいで、とちょっと驚く局面ではある。実際、自分の子供達がタトゥーを入れたとしても、ははは、やってるやってる、というくらいなもんだし、まあ、実際、すでに入れてる人も一人いるわけだし(笑)。(それに自分が現代のヨーロッパに暮らす若者だったら、二の腕か手首、あるいは足首あたりに、それなりの思いを込めてタトゥーの一つや二つ、刻み入れていたであろうと容易に想像もつく) さて、これまで、アンヌ・ゾエとは長く互いに知っていて親しく挨拶は交わすけれど、それ以上親しくなるという展望の見えない間柄だった。けれど、小柄な彼女の小さな足の「友」の右半分を目にした今、彼女への親しみは急に倍増した。人と人の関係を親密なものにする最大のスパイスは「ほころび」だとかねてより思ってきた。ボンポワンのアンヌ・ゾエに、タトゥという小さなほころびを見つけた朝、そんなことがやけに嬉しく、レッスン中、鏡に映って無様なポーズをしている自分の顔は、なんとなくずっとにやにやと締まりなく弛緩しているのだった。
by michikonagasaka
| 2017-11-16 02:29
| 身辺雑記
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