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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2017年 12月 09日
![]() 「故郷」という言葉は自分にとって意味のないものになった。アラブの文化でその言葉は、人々の意識にたいそう深く刻まれたものであるというのに。それは国とか、宗教、伝統、土地、歴史などを普通は意味する。でも僕にとって故郷といえば、まずは言葉、そして人間だ。親しくなった友人たち、仲良くやっていける人たち。逆に場所そのものとの結びつきのあり方は、僕にとっては様変わりしてしまった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 親しい友人が(二本のワイン付きで!)プレゼントしてくれた本のこの一節に涙がこぼれた。本の題名は「Die Fremde ---- ein seltsamer Lerhmeister (異邦人。この不可思議な人生の師)」。サダム・フセイン政権時の2002年に祖国を逃れ、難民としてスイスに暮らすアラブ文学者とドイツ人作家との共著だ。なんでも彼がバグダッドで書いた劇の脚本が「反体制」とみなされ、身辺の劇関係者に逮捕者や姿を消した人も出るような日々、身の危険を察して逃げたのだという。けれどパスポートはない。なぜならフセイン独裁政権は国民の出国を禁じていたからパスポートそのものが取得できるものではなかったから。パスポートの代わりに、では、彼は何を持って逃げたか。アラビア語の詩人・随想家モフムッド・アル・ブレカンを論じた卒論を身分証明代わりに彼は祖国を後にしたのだという。 本当はイギリスに行きたかったけれど、運命が彼を着地させたのはスイス東部の町だった。そこで知り合った女性と結婚し、息子さんが一人。そこへ「小さな蝶々」というアラビア語の名前を持つ娘さんが加わったのが2年前。 そうした「彼の人生の断片」を私はこの本を読む中で順に知っていく。 簡単に「この本を読む」と言ったけれど、私はドイツ語が下手なので、本一冊読むのは簡単ではない。英語やフランス語だったら、もっとずっとずっと楽に読めるし、日本語であれば、こうして駄文を綴ることだってできるのにな、と少し残念だ。でも、にもかかわらずわざわざ苦労してこの本を読む。その理由はといえば、本の中身に深い共感を覚えるというのがまず一つ。難民問題に様々な仕方で関わってきた自分にとって、また、イラクという国に個人的につながりのある自分にとって、ここで語られることは全く人ごとどころではなく、ごくごく自然に心を寄せ、共振せずにはいられない「一人の人の生き生きとした人生」なのである。 この本を絶対読もうと思わせるもう一つの理由。それは送り主のM君。彼は日本語を少し話せるけれど、本を読んだりすることはできない。その彼の日本人妻がM君に私の仕事のことをあれこれ話してくれたらしい。 「ミチコは最近、どんな本を書いたの?」 「食べ物の本とか、難民の本とか」 「へえー難民かあ。どんなアングルなんだろう?」 「ドイツで難民を支援する人たちにインタビューしたんだよ。イラクとかシリアとかからの難民の人たちにも話を聞いたみたい」 「そうなのか・・・・」 数日後、彼は一冊の本を手にして帰宅。 「次にミチコに会う時に、ぜひこれを差し上げてほしい」 この本の著者、ウサマさんと彼とは、彼が勤務する学校の食堂で知り合い、友達になったのだという。彼は学校に勤務する先生として、ウサマさんは食堂の従業員として。 ウサマさんは祖国では劇作家であり文学研究者だったけれど、そして難民としてたどり着いたスイスで懸命にドイツ語を学び、今や、ドイツ語の書籍をアラビア語に翻訳する仕事もできるようになったけれど、それだけでは食べていけない。だからこうして地元の公立学校の食堂で働いているのだという。 親しくなるにつれて、M君、ウサマさんの背景を少しずつ知るようになる。彼が書いた本のことも。そして、ああ、これだ! と閃いて、著者のサイン入りの素敵な本を私にプレゼントしてくれたのだった。 私は難民ではもちろんないけれど、生まれ育った国を離れて30年近くなる今、「故郷」というものは何かと問われたならば、きっと彼と同じことを答える。言葉。そして人間。(ついでに言えば、食べ物も 笑) 日本語、という私にとってまさに故郷そのものの言語の中に心地よく身をうずめながらこんな風にものを書いたり読んだりし続けること30年。だがその間、私の人生にはフランス語や英語や(それよりずっとレベルの落ちる)ドイツ語も入り込んできた。詩歌のリリックに母語の人のように感じることはできなくとも、散文の筋を追い、映画の内容を解し、友や家族とそれぞれの言葉で語ったり、一緒に喜んだり悲しんだりクスッと笑ったりすることは、まあなんとかできる。そういう状態については、やはり「ああよかった」と心から思う。 異邦人、よそ者。この先、どこへ行っても(祖国を含む)その感覚はつきまとう。 異邦人的なるものを生きること。それはなるほどこの本のタイトルが言うように、けったいな師匠のところに弟子入りしているようなもの。不出来な弟子ゆえ、いよいよ真打になって自分の看板で商売できるようになる日が来るとも思えないが、二つ目くらいのところで先生にも少しだけ褒めてもらえれば、もう万々歳。 M君に自分の書いたものを読んでもらうことはかなわない。けれど、「伝聞」の形で彼は私の関心や思いを感じ取ってくれて、こんな素敵な贈り物と、遠くバグダッドに繋がる人の縁をもたらしてくれた。その心遣いがありたがく、そのせいもあって一節読むごとに涙がこぼれ出てくるのである。しかもそうした一節一節は、難民ウサマさんが異邦の言葉、ドイツ語で書いたものなのだから。 そのウサマさんが話すドイツ語は、もう完璧といっていいものであるにもかかわらず、共著者のベルナデットさんによれば、そこには「アラブの音楽」を聞いているような「何か」があり、その「何か」が心打つのだという。
by michikonagasaka
| 2017-12-09 02:24
| 本
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