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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2019年 06月 27日
![]() イスラエルに限らず、中東方面の人たちとの付き合いは非常に濃厚なスタイルを取ることが多く、ホテル滞在の彼らとは朝食こそ別々だが、そしてベッドも共にしないが、それ以外は昼も夜も一緒、その間の町歩きも一緒。それが数日続く。しかもその間、ずっと喋っている。一生の間に発する言葉数、という点で、どう考えても世界列強に比して圧倒的に少ないと思われる祖国(まどろっこしい言い方ですが、つまり日本、ですね)をもつ私には、これがほんのかすかに負担になるが、そこはさすがに付き合いが長いだけあって、疲れたらぼーっと話半ばに聞いてるだけ、という「間」を時折挿入することでなんとかバランスを保つコツも板につき、結果、総じて楽しい時間と相成る。 さて、枕はここまで。そんな彼らとフランス語圏の山へ車で出かける道中、話が「パリ」のことになった。「この辺りからフランス語圏になるよ、ほら、標識もいきなりフランス語でしょう」と教えてあげたことがきっかけだっただろうか。 「あんた達のパリ好きはわかるけどさ、私ら、実は筋金入りのアンチ・パリ派なんだよね」と妻のM。 「んだんだ」と夫のN。 「え、なんで嫌いなの?」とやぶ蛇質問をぶつけずにおれぬ私。 レストランで無礼な扱いを受けた、フランス語がわからないとバカにされる、誰も英語を喋ってくれない、ご飯がまずかった、自分たちが洗練されてるから、そうでないよそ者を見下してるようなところがある・・・等々、まるで「ステレオタイプのテキストブック」かと思われるような個人的体験の開示が続く。 ふんふん、と聞きながら、そして時に「でも最近の若い人はみんな英語すごく上手だよ」などと、こうした場面にはあまり効果的でないどころか、かえって「火に油を注ぐ」ことにもなりかねない虚しい反論を二、三試みたが、途中から諦めた。そして私は自らの認識作業を「観察&内省モード」に切り替えた。 高等教育を受け、世界を広く旅し、複数言語を話す彼らの、この頑なな態度は一体どこからくるのだろう。そして、パリの悪口を言われて自分がいささかムッとするのは何故なのか。自分の好きなものが悪く言われることに起因する落胆や寂しさ。それは自然な感情だけれど、普段、多様性云々、世界市民云々を旗印にしているくせにこれきしのことで凹むとは、まるで無批判的で素朴な国粋主義者みたいではないか。内と外というセクタリズムが自分の中からむくむくと沸き起こってくることにいささか動揺する。おい、自分、どうした、器が小さいぞ! ・・・と、そうしたことをぼんやり考えていた私の耳に飛び込んできたN君の言葉。 「それにパリはアラブ人が多いし」 え、今、何て? 凍りついた私のセンサーに追い討ちをかけるかのように 「ほんと、アラブ人が多くて怖い」とM。 Mのお父さんはホロコーストの生存者であり、お母さんは熱烈なシオニスト。キブツで互いに恋に落ちてイスラエルに住むことを「積極的に選び取った」第一世代。方やNの両親は故郷イラクで迫害されイスラエルに移民したやはり第一世代。そしてMとNはイスラエルの地で生まれ育ち、ヘブライ語を第一言語とする第二世代。彼らの両親も、そしてイスラエルとパレスチナの平和的二国家共存を夢見たアモス・オズやラビン首相といった理想主義者たちも故人となり、今、イスラエルの現役世代のメインストリームはおそらく我が友人夫妻のような人々なのだろう。 いやーこれは大変なこっちゃ、というのがその日の私の正直な感想だった。 貧しく、ちゃんとした教育の機会もなく、大中小の共同体からの洗脳に対して何ら批判的思考を持ち得ぬパレスチナの青少年が憎悪にかられテロに走ることは残念だけれど無理もない、と私はこれまで思ってきた。彼らは圧倒的な弱者なのであるからして、豊かさも安定も教育も見聞も手に入れているイスラエル側が忍耐強く平和を築く努力を続けるしかないでしょう、と思ってきた。世界平和の鍵は、貧困の克服と教育にあると信じ込んできた。 けれど仲良しの友人たちの「アラブ発言」(とその後ろに仄見える感覚、思想)を前にして、たとえ人種差別の犠牲者の親を持ち、しっかりとした教育と自由と繁栄を享受したとしても、内と外のセクタリズムから人はなかなか自由になれないものなのだということを改めて痛感したのである。 連れ合いの友人のアメリカ人にトランプ支持者にして銃保持賛成派という、それだけ聞いたら「うっそお」という人がいる。だがこの彼、うちにも何度も泊まったことがあり、一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりと楽しい時間を随分と共有した限りにおいては、普通以上に善良で感じのいいナイスガイなのである。スキーが上手でインストラクターの資格を持ち、だから住まいは雪深いネヴァダ州を選んだらしい。会社ではそんなに偉くはないとみえて50代半ばを過ぎてなお、出張は全てエコノミークラス。ホテルも二つ星。そんなこともまったくいとわぬ、微妙なセクハラ発言など、ちょっとマッチョなきらいは確かにあるものの、基本的につましく真面目な男なのである。 個人としての彼を知らなかったのなら、私はハナから彼とは友達になれない、と思ったことであろう。30年に及ぶ付き合いや共有した笑いや涙の数々がなければ、イスラエルの彼らを私は門前払いしたかもしれない。 原理主義に陥ってはいかんのだ、ということをだから私は痛感する。人間は知性だけで生きているのでもないし、思想やイデオロギーだけで、宗教的民族的アイデンティティだけで、感情だけで、ましてや下半身だけで生きているわけではない。誰かを簡単に糾弾することからは真の平和や友好は生まれない。友人、家族、共同体、仕事仲間。いろんな思想や感覚の持ち主が混じり合っていて当然だし、「にもかかわらず」なんとか仲良くやって行くしかないのである。 来春、イスラエル夫妻を連れて日本に観光旅行に行く予定。ロシアからベルリン、アフリカからガラパゴス(日本の比喩でなく、本当のガラパゴス島)、そして嫌いなパリまでを含め、広く世界を旅した二人にとって、だが日本は全くの初めてだという。賑やかな(というか「やかましい」)珍道中になることは間違いないだろう。ご所望の東京、京都、広島に加え、私は彼らを福井に連れて行ってやろうと目論んでいる。永平寺の美しい修行僧たちに、あの静けさに、彼らはうっとりすることができるだろうか。胡麻豆腐を美味しいと感じてくれるだろうか。 しかし、スイス、暑い! (今日は36度とかって出てた。もちろんクーラーはないので雨戸を閉めきってモグラ化しています)
by michikonagasaka
| 2019-06-27 06:00
| 考えずにはいられない
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