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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2020年 02月 12日
![]() Sさん一家とはもうかれこれ20年余りの付き合いになるだろうか。うちに食事に来たことも何度もあるし、逆にこちらがお呼ばれしたことも何度もあった。3人の子供たちはそれぞれ進学や就職で家を離れ、Sさん夫妻はアパートに越して、生活サイズを縮小し始めている、と聞いたのが一年ほど前だったろうか。 「こんにちは〜」 先方と目があったので、軽やかに言葉をかけた。次いでこちら式のほっぺ同士を合わせる挨拶をすべく、彼女の肩に手をかけた。 あれ? 彼女の頬がこっちに寄ってこない。これまで20年、会うたびに交わしてきた挨拶。体に染み付いたその自然な動きが、相手が軽く身をかわしたことで、突如、ひどく宙ぶらりんなものになり、私は当惑した。 気のせいだろうか、いや、そうでもないみたい。 その瞬間に私にはわかってしまったのだ、これがコロナのせいである、ということが。 「みなさん、お元気だった?」 自らの咄嗟の反応に彼女自身もあるいは戸惑い、何がしかの罪悪感でも抱いただろうか。まるで気を取り直したように明るく尋ねてきた。 「いえね、○○(私の連れ合いの名前)がここ一週間ほど、ちょっと具合悪くてふせっちゃっててね」 そう私が答えた瞬間、Sさんの体がピクリとこわばるのがわかった。 「インフルエンザにかかっちゃって」 彼女の気を楽にしてあげようと、聞かれもしないのに私はわざわざ病名を開示した。やはり瞬時に、彼女がホッとするのがわかった。 その後、数分、当たり障りのない会話を交わし、「それじゃまたね」と手を振って(今度は私の方からあえて、ほっぺた挨拶を仕向けなかった)私はSさんと別れたわけなのだけれど。 Sさんは何しろ私のこと、よく知っているのだ。私が中国出身でないことも、スイス在住の身であることも当然、知っている。でも久しぶりに予期せぬところでばったり再会したその瞬間、私の「この顔」が、彼女に「あの反応」をさせたのである。 いや、もちろん、ドイツでもイギリスでも感染者が報告されているから、私が感染者でないという保証はもちろんないし、Sさんには内緒にしておいたが、二週間ほど前、私は日本から帰ってきたばかりで、その日本で滞在したホテルには中国からの観光客がたくさん滞在していた。母や弟と訪ねた富士山も、中国人観光客であふれかえっていた。帰りの成田空港では、マスクをしている人の姿がそろそろ目立ち始めるタイミングでもあった。 いささか不意打ちを食らった感があったとはいえ、Sさんのこの振る舞いを、人種差別だ、アジア人差別だ、と糾弾する気には実はなれない。ましてや、よくありがちな「中国人に間違えられた」「一緒にされた」と憮然とするようなことも自分には全くない。ただ、人が人を、ある属性のゆえに恐れたり、嫌ったり、不得意に感じたり、上に見たり下に見たりする時のメカニズムの一端を垣間見た、という感想を抱いたことは確かだ。 家族思いで心優しいSさんの認識にあの時起こったこと。それは私という長年来よく知る個人をすっ飛ばして、その後ろに控える「アジア人」という集団を見てしまったということだ。あの時、彼女にはミチコが見えていなかった。彼女の目に映ったのは、不特定多数の「顔も名前もない」アジア人というエスニック集団なのであり、事実、会話も半ばを過ぎて、ようやく彼女は私の名を「ああ、そういえば」と急に思い出したようにして口にしたのだった。 Sさんのそんな一連の意識の流れをつぶさに観察しながら、一週間前にパリで起きたことを思い出していた。行きのTGVの車中で読んでいた新聞に「コロナウイルスでフランス全土にアジア人差別が広がる」というゾッとする内容の記事を見つけ、ひえーそうなのか、とパリに着く前からすでにほんの少しだけ、憂鬱な気持ちになっていた。そしてその記事がもたらした情報のせいで、パリ滞在中の私は、どこか卑屈で疑心暗鬼だった。そんな気持ちになったのは、パリとの長い付き合いにおいて、実に初めてのことである。 まさかね、と笑い飛ばしたいところではあったが、あにはからんや、わずか一泊二日の滞在中、あれ? という瞬間に、実は二度、遭遇してしまった。 一度目はコーヒーを飲みにカフェに入った時。 「ランチタイムなんで、飲み物だけならこちらにお座りいただけます?」 そう言って店のマダムが私に示した席はドアの外にポツンと一つだけ置かれた小さなテーブル。かろうじてひさし屋根があるとはいえ、外は雨。気温も低い。 「なら、結構です」 憮然と店を後にしたものの、今のはアジア人差別だったのだろうか、という疑念を拭うことができず、なんとなく気が晴れない。 そして二度目。それは停留所でバスを待っていた時のこと。私の隣に中年男女数人のグループがおしゃべりをしながらやはりバスを待っていた。そのうちの一人の女性が、ふと私の姿を認めた。そして次の瞬間、首にしていたスカーフに指をかけ、自分の口と鼻をそれでそっと覆ったのである。 別に見も知らぬ赤の他人に「名前と顔のある一個人」として認識してもらおうなどと大それたことを思って日々暮らしているわけではないけれど、他者から自分に向けられる「十把一絡げ」視線というのはやはりあまり快いものではない。そしてそういう視線を浴びているかも、という意識が芽生えた瞬間に、人は卑屈や被害妄想といった心性にいともたやすく落ちていくのだということを改めて実感したことだった。 しかし、クルーズ船のこと、あんな幽閉状態、ひどくないですか? 全員、直ちに下船させて検査受けてもらって、二週間、どこかに隔離するなり、あるいは必要な方には医療措置を施すなり、するもんなんじゃあ、普通? (というトーンでこちらでは語られているし、私もそうだと思います)
by michikonagasaka
| 2020-02-12 00:01
| 考えずにはいられない
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