ロックダウン10日目の今日、窓から眺める美しい青空と咲き誇る春の花々が普段に増してまばゆい。ああ本当なら今頃、日本行きの飛行機に乗っていたはずだったな、と思いながら窓を開けると、外気はまだ、かなり冷たい。曜日の感覚が日毎にぼやけてくる中、一念発起して仕事部屋の片付けに着手することにした。
机の引き出しを一つずつ、タンスの引き出しを一つずつ、片付けていく。ラジオはいつものようにフランスミュージックだけれど、外出禁止令を受け、通勤スタッフの数も激減しているのだろう。過去の録音がそのまま流れる番組、あるいは音楽だけを淡々と流すストリーミングも多い。2019年の暮れあたりから「全国一斉ストにより、番組の一部をお届けできないことをお詫び申し上げます」という音声を随分長く聴き続けていた、と思ったら、今度は「covid-19により、(以下同文)」に取って代わり、なんだか随分長く、このラジオの「平常時のフルスペック放送」を耳にしていないような気がする。
ほぼ毎日、スイスでは午後の2時には政府や関係省庁による記者会見が開かれるので、その時間になるとフランスミュージックから連邦内閣サイトに切り替えて、一応、アップデートを確認。この記者会見、その日のテーマによって、出てくる顔ぶれが変わるが、各々の母語により、ドイツ語、フランス語、イタリア語で会見が行われ、続く記者達との質疑応答でも、三言語が入り乱れての丁々発止。もちろん、質問相手に合わせて自在に二ヶ国語以上を行ったり来たりする閣僚や官僚も少なくない。記者達は最低2メートルの距離をとって座っているため、会見場の景色はちょっと異様なものに見えるが、ともあれ、連日の記者会見ウォッチで、自分の中の「スイスへの帰属意識」が急激アップしてきたことは間違いない。同じ釜の飯を食うじゃないけれど、危機を一緒に乗り越える状況というのは、人間の帰属意識を深めるものであるのは間違いないだろう。
多言語、多文化共生の現実。そして連邦内閣に至っては、主義主張の異なる4つの政党から2、2、2、1の割合でメンバーが参加する合議制(自民党、立憲民主党、共産党混在の内閣というイメージを思い浮かべてください)。言葉も文化も意見も違う人たちを、それでもなんとかまとめて運営していくこの国の知恵とプラグマティズムに今更ながら、たいしたもんだと感じ入り、そして、そういう国のあり方を「悪くないね」と感じ始めている自分を発見することもまた、このコロナ監禁生活の棚からぼたもち効果ではある。
さて、ロックダウンにともなう不自由な日々の中、それでも多くの人が比較的落ち着いた行動を取れているのは、一つ一つの措置について、理由の説明がきちんとなされているからだろう。隣国も含め、この間、国のリーダーや当局の「説明責任」ということが白日のもとに可視化されている。マクロン大統領やメルケル首相、ジョンソン首相のスピーチは、トーンも内容も異なるものだったとはいえ、それぞれの仕方で説得力がある。逆に中央集権国家でないため、こうした「強力なリーダーシップ」にそもそも頼らないスイスでは、担当閣僚からの具体的で緻密な説明が来る日も来る日もなされる一方、大統領(このポジションすら持ち回り制)からは「国民の皆様へ」という手紙が公開された。
一貫しているのは、感染カーブを抑え、時間を稼ぐことによって、医療崩壊を防ぎ、守れる命は全て守る、という目標。その目標にとって意味があると判断されたからこそ、学校を閉め、店を閉め、公共交通機関の利用を控えさせ、ソーシャルディスタンスを徹底的に呼びかけるのである。この目的を実現するためにこそ、各種イベントの全面中止や、国際便の大多数欠航や電車本数の激減というラディカルなことをやっているのである。そしてこうした措置によって打撃を受ける個人事業主やフリーランス、子供の休校に伴って仕事ができなくなっている人たちへの具体的な補償額や救済の手続きも次々と発表される。
目標がわかれば、人は協力しやすい。その目標をきちんと説明してくれれば、人は納得する。この間、日本にずっと欠けていたのはそこだろう。オリンピックありき。恐らくはまず、そこが目標だったのであろうが、それは声を大にしては言いにくいので、とりあえず、他の目標を掲げているように振る舞い続けてきたのだろう。きちんとした説明やデータの公表がなければ、人は不信感を抱く。不信感あるところにはフェイクニュースやヘイトも忍び込みやすい。極端な陰謀説の火の粉も上がりやすい。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
コロナは各国政府の説明責任や透明性、つまりガバナンスの出来不出来をあらわにする踏み絵になっているが、もう一つ、それは人々の中の負の感情や、逆に連帯や思いやりの感情などを浮き彫りする踏み絵でもある。初期の頃、欧米におけるアジア人差別ということがしばしば言われた。私自身はそうした体験に遭遇したことはなかったけれど、周りでは少なからずの人が「嫌な思い、悲しい思い」をしたことは事実だ。
逆に今、日本の報道やSMSで「ヨーロッパからコロナを持ち帰った人」といった表現をしばしば目にする。「中国ウィルス」とか「武漢ウィルス」ということを為政者が口にする国(日本を含む)もあったし、感染者を気の毒がるどころか、逆に迷惑がる風潮もあると聞けば、なんてひどい、と思わずにはいられない。誰だって感染する可能性にさらされているのだし、自分がそうとは知らずに人に移しているかもしれないというのに。
さらにコロナは人々の情報リテラシーの残酷な踏み絵ともなる。スイスに長いのにスペイン語しかわからない知人から、「大変、これを読んで」というリンクが時々送られてくる。私自身、スペイン語がよくわからないので非常に大まかなことしか理解できないのだけれど、それらはほぼ全て「トンデモ」系の情報だ。メンソールを鼻につけて喉へ押し込んでから外に出るといい、とか、間もなくスイス全土に空中散布で消毒が行われる、とか、南仏のドクター○○のミラクルなヒーリング術、とか、一体どこからこんなものを、というような情報ばかりだ。落ち着け、落ち着くんだ、それ、たぶんフェイクだから、ということを、しかしどこまで彼女に伝えたものか、と悩ましい。
そしてもう一つ、コロナは社会的弱者をさらに追い詰める。そこをどうやってサポートするか、できるか、という困難な課題を社会に突きつける。そういう意味でも厳しい踏み絵の役を果たす。「家にいろ」というけれど、家のないホームレスは、じゃあどうすれば? ソーシャルディスタンスなど望むべくもない監獄や難民キャンプといった場所での感染率は非常に高いという。また狭いアパートに顔突き合わせて何日も何週間も過ごす中、DVは増え、各種依存症も悪化するという当初の見立ては早くも現実になっている。フランス北部では、DVと飲酒の相乗効果が見られるところから、ロックダウン中のアルコール販売の停止に踏み切ったとか。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
さて、冒頭の引き出し整理では案の定、次々と「あら、こんなものが」というものが出てきて作業の手が止まる。その中の一つが、幼い私たち兄弟に向けてせっせと送られたエアメールの絵葉書。差出人は当時、アメリカの大学に客員教授として赴任していた父だ。ボストンから、シカゴから、そして帰路に立ち寄ったヨーロッパの町々から届く、一観察者のメモ。外の世界に目を丸くしたり、感心したりする昭和40年代の日本人の姿が垣間見えてとても楽しい(といっても父は昭和20年代にすでにアメリカに留学しており、初めての海外体験というわけでもなかったのだが)。
以下はシカゴの丸い高層ビルの写真の絵葉書に書かれたお便り。
「へんなたてものでしょう。なんだとおもう? したのほうはじどうしゃをとめるところです。まちにはじどうしゃをとめるところがないのでこういうものができたのです。したのほうからじどうしゃがぐるぐるまわって、あいているばしょがあるところまでのぼっていきます。じゅうはちかいまであります。そのうえはアパートです。おもしろいでしょう。みんなにおみやげをかっていってあげるからおばあちゃんやおかあさんのいうことをよくきいておりこうにまってらっしゃい」
高層ビルの駐車場など珍しくもなんともない現在の私なのに、このひらがなばかりの文面を読んでいる間は、差出人と一緒に目を丸くして、へーすごいんだな、アメリカって、などと驚いている。
別の絵葉書にはこんなことが。
「パパはいまイギリスのロンドンにいます。これからフランスにいきます。もうじゅうさんねるとかえります。ひこうきがもうじきでるからさよなら。げんきでおりこうにしていらっしゃい」
日本行きの飛行機が飛ばなくなった現時点でのスイスでこれを読んでいるせいだろうか。縮まる一方だった世界との距離が一気に伸びて、昭和40年代の距離感や時間感覚に逆戻りするようだ。そもそもこのハガキと父と、どちらが先に日本に着いたのだろう。
ロンドンやパリの空港の景色が思い出され、みんなで「お父さん」を迎えにいった昔の羽田空港の景色も一緒に思い出される。さらには父からおみやげにもらったパンナムの青いロゴ入りショルダーバッグの、そのえもいわれぬかっこよさに恍惚となった7歳の自分の気配をすぐそこに感じてしまったりもする。そして「もうい〜くつねるとおしょうがつ〜」のリフレインが頭の中で鳴っていたりもする。
蟄居中の日々、たまに家の外にちょっと出てみると、なんと空気の、青空の綺麗なこと。普段よりぐんと車が減って、ただでさえ綺麗なスイスの空気が、一段と綺麗になっていることが本当に身体感覚として実感されるのである。
インドもロックダウンに入り、これで地球規模で人類の三分の一が「家にこもる生活」に入っていることになるのだとか。これ、なかなか衝撃的なイメージだ。
晴れてこのトンネルから抜け出られた暁には、31年前のベルリンの壁崩壊の時、あるいは75年前の第二次大戦終戦後のような希望や喜び、そして謙虚さ(これ、一番大切)が人々に戻ってくるだろうか。
↓こちら、ロックダウンのチューリッヒの街の様子。ドローン撮影だそう。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-28017215"
hx-vals='{"url":"https:\/\/mnagasaka.exblog.jp\/28017215\/","__csrf_value":"0dc8b3a5e40762092e43d4c6a839a43ab5c163eb3779e236db38cc59da0a212bad73d79f6d149916f0b29ea4cfb5d3f7a518534c4c6abc8a499661b46a96e70e"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">