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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2020年 04月 15日
![]() ![]() 昨日まで「まさかそんなこと」と思っていたことが、今日から「現実」になる。そしてその「まさか」と「現実」は、日々刻々、姿を変えていく。それがこの一ヶ月だった。 2020年一月半ば以降からしばらくの間は ⑴「遠いアジアでの出来事」のフェーズ。 この段階で、欧米各国では「アジア人差別」的な行動パターンが一部で発生。 その一ヶ月後には ⑵「隣国イタリアでの出来事」のフェーズ。 この段階で、スイスはまだまだ余裕で、「国境封鎖すべき」との声も軽くかわし、やはり隣国オーストリアが入国制限など早々と対策に踏み込んだのを「なんだか大袈裟」という気持ちで眺めていた感があったと思う。スキー休暇でイタリアから帰国した学生たちが最初のクラスターだったと記憶しているが、そんなニュースを見聞きしながら「まだ」私たちは、レストランで食事をし、別れ際にほっぺのキスをしそうになるところを「おっとっと、いけないんだったね」と肩をすくめていた。そんな程度。 そこから急転直下、 ⑶「自分ごと」になったフェーズ。 備蓄は大丈夫か? ヨガもバレエも合唱もキャンセル。ズームに挑戦し、スイス政府の毎日の記者会見をフォローするようになる第1週はあたふたしているうちにあっという間に終了。 2週目を過ぎたあたりから、周りで(自分を含め)「なんだか具合悪くなる人々」が増えてくる。「まさか、コロナ?」の疑心暗鬼と完全無縁だった人はこの時期、少ないだろう。最初は緊張感で乗り切っていた引きこもりに疲れが出てくる頃。家族との雰囲気が険悪になったり、やけ酒に走ったり。あるいは急に涙もろくなったりする人も少なくなかったと思う。 そしてさらに ⑷「人類ごと」になったフェーズ。 イタリアやスペインの悲鳴が鳴り止まない中、NYからの悲鳴がそこに重なり、エクアドルからの壮絶な映像にショックを受ける。もはやこれは人類全体のおおごとだということを無視すること、気づかないふりをすることは到底、不可能になってきた。人類、どうする? 地球、どうなる? そんな大きな枠組みで物事を考え始めるのとシンクロするようにして、自分自身の心は再び落ち着きを取り戻す。俯瞰的な思考が、個人の窮地を救うこと、世の中には結構多いのだろう、などと思う。 さて、この4段階に加え、例えば私のように、日本を外から眺める立場がそこに混じると、自分の現実と、あちらの現実との間の乖離や時差に気を揉んだり心配になったり、ということも同時進行で起きる。さらには、家族や親しい人が世界あちこちに散らばっていると、各地の状況も気になるし、いざという時に駆けつけることもできない(スイスからは飛行機も飛んでいない)という認識は、これはそれなりに覚悟を強いられるしんどい状況である。 たった一ヶ月の間に、心理状態も世界の感染者数グラフもこうして忙しく変遷し続けるのだが、その反面、私自身は、あらゆる分野やレベルにおける人間の力というものを見せつけられもした。 幾人かの高潔にして理性的、共感力に優れた世界のリーダーたちの言葉と具体的政策を耳にしたこと。無数の医療従事者たちの懸命な救命努力や「命を選ぶ」ことを強いられる辛苦を知ったこと。高齢者やリスクグループの隣人の買い物を進んで代行する人たち、窓から、あるいはオンラインで歌声や詩やパフォーマンスを届ける人たち、弱者のためのプラットフィームや署名活動を立ち上げる人たちの姿をここかしこで目にし、耳にしたこと。聡明にして思慮深い作家や研究者たちの書くもの、語る声に接し得たこと。科学の最先端で奮闘する人たちの様子に、こんな時にも笑いを提供し続けたコメディアンたちの声に触れたこと。医療従事者への感謝を表すため、無数の窓から一斉に放たれた拍手の渦の中に身を置き、一緒に手を叩いたこと。そして、無人のサン・ピエトロ広場からの復活祭ミサにヴァーチャルに隣席し、ライプツィヒ教会からのヨハネの受難曲ライブと一緒に歌ったこと。 そうしたインテンシブな体験のことを、私は一生忘れないだろう。 忘れない。それは3.11の時に、あるいは太平洋戦争の後に、多くの人が自らに誓ったことだと思う。けれど、人の記憶はおぼろげになり、風化する。そうさせないための踏ん張りが一人一人に課されている。そういう覚悟や決意へとたどり着く一ヶ月だった。 多少の時差を含みつつも、多くの人にとってこのコロナが「人類ごと」のフェーズに入った今、やはり多くの人が「その後」を夢想するのだろう。無理もない自然なことだと思う。なぜなら未来形のないところにそうそう頑張りは効かないものだから。 「その後」を夢想するにはまだ全くの時期尚早だけれど、今のうちから言っておこう。「その後」は、決して「これまで通り」であってはいけないと思う。「普通がどれだけありがたいことか」といった紋切り口調のレベルに止まっていてはいけない、いや、それじゃ立ち行かなくなると思う。今度こそ、本当に。 人はもうこれ以上、貪欲であり続け、オールマイティー感に酔いしれたまま、呑気な消費者として「かつてのように」進み続けることはできない。今、まさに最後通牒を突きつけられているのだ。誰から、突きつけられているのか? 神から、かもしれないし、自然から、かもしれない。あるいは何らかの理(ことわり)というようなものかもしれない。グローバリゼーション神話の綻びは、もう10年ほど前から随分と可視化されてきたけれど、どんな鈍感な人の目にも、それは今、かなり明らかになったのではないだろうか。環境問題も、貧困問題も、難民問題も、またしかり。いやこれらは皆、互いに繋がりあった一つの大きな円のようなイシューだ。 ※ ※ ※ 一ヶ月前、家のテラスの鉢の枯れ木から、小さな芽が一つ、二つと吹き始めた。わあ、生きててくれたんだ、ありがとう! ちょうど一年前のこの時期、日本からこっそり持ち帰った山椒の苗が、無事に冬を越したらしかった。 外出禁止の一ヶ月を経て、小さな芽からは次々と可愛らしい葉っぱが育ち、枝ぶりも一回り大きくなった。葉っぱを一枚ちぎり、丸くくぼみを作った両の手の平の間でポンと叩いてやれば、幼少期にむせかえった(のみならず咳き込みすらした)「あの香り」が立ち上り、目の前にはその姿の見えないゴージャスな「アゲハ蝶」が脳内にひらひらと舞っていたるする。 そして一ヶ月後の今、4月の柔らかい日の光を受けて、我が山椒ちゃん、なんと小さな実をつけ始めているではありませんか! そう、この一ヶ月は、人間が何をどう大騒ぎしようと、山椒も花粉も日照時間も、淡々と時計の針を進め続けてきた一ヶ月でもあったのだった。第二次世界大戦以降最低の二酸化炭素ガスのレベルだというが、なるほど、飛行機も飛ばぬ、人も動かぬこの一ヶ月で空はめっきり青くなり、空気は数段、美味しくなった。 今、ヨーロッパ各国では少しずつ「出口」の話がされ始めている。とはいえ、コロナの波には第二波、第三波があるかもしれない。そのことを私たちはなんとなく認識し、出口を待ちわびつつも、それなりの心構えをしつつある。 フランスでは昨晩、マクロン大統領が国民に向け、「外出禁止令は5月11日まで延長」される旨を告げた。同時にその5月11日以降、「まずは幼稚園、小学校、中学校、高校と段階的に学校を再開」し、それまでには「マスク装着を義務付ける、それに必要なだけのマスクを全員に配る用意」をし、さらに「症状のあるすべての人が検査を受けられるような体制を整える」「ただし、レストランやカフェの営業再開は、さらにその先まで延長することになる」という、相当具体的に踏み込んだ政策を発表した。それなりの裏付けや根拠がなければとても発表できない内容だ。 スイスでは4月末辺りをめどに、やはり少しずつ外出規制を緩めていくことが発表されている。ただし、その具体的な中身については「今、詰めているところ」という慎重な立場を崩さない。「マスクの着用」が推奨されたり義務付けられたりしつつある世界の趨勢の中、マスクの効用について、これまでスイス当局がなんとなく曖昧だったのは、「供給が確保される目処がたっていなかったからだ」ということがここ数日で言われ始めている。スイスのマスクはその多くを輸入に頼ってきたところを、この騒ぎで輸入元のドイツなどから、一時、輸入をストップされてしまった。多国籍企業の製薬会社がひしめく製薬立国なのに、マスクはおろか、薬品の生産拠点は結構中国だったりして、突如、供給量の不足に慌てふためいてしまったスイス。 どこの国にも、どこの地域にも弱点がある。「それなりにうまくいってるっぽい」スイスですら、例外ではない。金融大国、武器輸出大国、そしてヨーロッパ内では、例外的に医療が「市場原理」に委ねられている国、スイス(国民皆保険だけれど、それはとっても高い保険料を国ではなくて保険会社にみんなが払い続けることによって成り立っている)もまた、このコロナ危機に際し、自らのありようについて当然、自問せざるを得ないのである。 私のような者でも、コロナ前とコロナ後に書くものには何らかの明らかな変化があるはずである。そのことを予感しながら、蟄居中の部屋の中でこのひと月の来し方を振り返ったりしていると、ただでさえ、ぼんやりしっぱなしの曜日や日夜の感覚がますます曖昧になっていく。 そんな人間様の事情にはお構いなし、頓着なしの山椒のたくましい成長ぶりが、例年の何十倍も頼もしく、愛おしい。 追記) 人間様の事情にはお構いなし、というのはもちろんまったく正確でないどころか、完全なる誤謬であることを私はもちろん承知しています。人間がこれ以上裸の王様のように振る舞い続けるわけにはいかない。自然の中に行き場所を失ったウイルスは、遅かれ早かれ、人間という住みかを見つけ、何度も来訪するに違いないのですから。
by michikonagasaka
| 2020-04-15 01:04
| 身辺雑記
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