序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2007年 04月 18日
4月15日付けの朝日新聞の「オピニオン」欄に、最低賃金の引き上げ案をめぐる複数の論点が紹介されていた。
その記事によると、日本の最低賃金(働いた人に一定額以上の賃金を払い、憲法で定められた「文化的な最低限度の生活」を保障することが最低賃金法成立の精神だそうだ)は時給673円で、世界の先進国の中では相当低い数字。ちなみにフランスは1162円、イギリスは1096円と紹介されているが、私の暮らすスイスでは、なんと、そもそも法で定められた最低賃金というものが存在しない(ちなみにEU25カ国中、最低賃金を法的に定めているのは17カ国)。 とはいっても、そのスイスで、法案化に向けて(主に左派政党系から)出されている最低賃金の目安はおよそ3500フラン(×13ヶ月=年収という計算)、つまり日本円にに換算すれば年収、約455万円という、日本のワーキングプアたちが聞いたらぶっとびそうな数字だったりすることも忘れてはいけない。 さらにしつこくスイスの例をあげるならば、私の場合、ベビーシッターの時給はおよそ2000円、お手伝いさんの時給はおよそ2500円を払っているが、これは決して特に高い額ではなく、相場の値段である。 なぜ、こんな話をはじめたかというと、どうも国の外から眺めていて、日本は、あらゆるレベルにおいて人々の「働き方」が尋常じゃないという思いを非常に強く抱くから。 失われた十年とかいいながらも、実は相変わらず世界第二のGNPを誇る日本における、極端な最低賃金の低さは、そのほんの一側面にすぎない。私がかかわる業界(出版・編集業界)の人々の働き方(働かされ方)だって、日本時間の深夜どころか明け方になってもバンバン送られてくるメールやFAXから察するに、彼らは本当に、死ぬほど「大量に」働いているわけだが、低賃金労働の国々との価格競争というプレッシャーに日々さらされている中小企業の主に製造業における労働条件の過酷さは、想像にあまりまる。過酷さはなにも賃金の低さだけにあるのではない。親会社である大企業、あるいは中間業者からのコストや納期やクオリティのプレッシャーは半端じゃない(それを私は、職人の世界の実情を通してほんの少し知っている)し、派遣やフリーターといった立場の人々の「明日は知れず」という極端に不安定な状態が心身に及ぼす影響もけっして無視できるものではない。 私がほそぼそと続けている仕事に対して支払われる原稿料の低さも、世界標準にこれを照らし合わせてみるならば、二十年余りの経験や蓄積なんて、本当に「へっ」てなもんで、仮に私がシングルマザーで子ども二人を抱えて自分の収入だけで生活を切り盛りしていかなければならない境遇であったなら、それこそ子どもと過ごす週末も夜の時間も返上して、すべてを仕事に捧げてようやく、ご飯が食べていけるかという程度、そうじゃなければ生活保護を受けたほうがもしかしたらマシかも、と思いたくなるほどの低賃金である。これ、あくまで「物価の非常に安い日本で暮らした場合」を想定しているのであって、ヨーロッパ(特にスイス)で暮らすのだったら、今の仕事はすっぱりあきらめて、スーパーのレジでもたたいていたほうが、いくぶんマシではないかと真剣に思う。 そんな過酷な条件下で、それでも日本人はほんと、文句もいわず、よく働くなあと(怠け外人体質がすっかり身についてしまった私は)すっかり感心してしまう。そして同時に、このままではいくらなんでも立ち行かないのでは、と、祖国の行く末を案じていたりもする。 経済がグローバル化することは、全体の富を底上げし、結果、すべての人がその富の恩恵に浴するのだ、と、この経済システムの推進者たちはしつこく喧伝する。その正否は私などには到底、判断することはできないが、国内物価に応じた「人間的な」所得を労働者たちが得られ、なおかつ企業はグローバルな価格競争の中で押しつぶされてしまわないような仕組みって、可能なのだろうか。たとえばフランスが、最低賃金1162円をキープしつつ、なおかつ中国製の安価なテキスタイルや工業部品の猛威に抵抗し、国内の労働市場をこれまでどおり活用していくことって、計算上、可能なのだろうか。グローバル経済で全体の富が底上げされるのかどうかはさておき、少なくともこのシステムでは貧富の格差が増大することだけは、間違いない。ならば最も手っ取り早いのは、税システムによる富の再分配かしらね、と思うが、そうすると能力や意欲、勤勉さにおいて「優れた」j人々にとっては、「なんだか割に合わない」感が当然でてくるだろうなあとも思う。 なんだかんだ、そういうことを考え出すと、私の頭はなんだかこんがらがってしまって、これといった解答なんて逆立ちしたって出てきやしない。 日本は物価が安い。今やそれは、主要先進国の間では「常識」だが、私が日本に住んでいた頃は、日本は「物価が高い国」として知られていたのだった。いったいいつごろ、形勢はこんなに見事に逆転してしまったのだろう。いずれにしても「安い物価」の背景には、安い賃金体系や過酷な労働条件というものがあるのであり、それを欧米からの訪問者(私を含む)は、いわば知ってて知らぬふりをしつつ、「物価の安さ」のところだけを堪能して喜んじゃうわけである。 海外の安価な労働市場に対抗するためには、日本にはもはや「質で勝負」という切り札しかないのではないか。そしてその「質で勝負」という価値観に、日本の産業界全体が大幅なギアシフトをし、新しい価値観に見合った「新しい働き方、働かせ方」をうちたてていくしか、もはやサバイバルの鍵はないのではないか。 日本の商品やサービスの「質」は――これは世界中を暮らして旅して回った私が保証するのだから間違いないが――多くの分野においてとにかく並外れて高い。これを、あまり安売りせず、そして上手にプロモートしていくこと。その意味で、日本は第二のフランス(文化大国という意味で)になる可能性は充分にあると思う。ただその際、現在のフランスがかかえる無限の社会問題(犯罪、失業、移民の同化問題、教育の荒廃など)は、できれば回避したいものだ。また、結果的にはじき出されてしまう「単純労働」層の処遇を、どう考えていくかという大問題も残る。先達の経験に学び、同時代の地平線を冷静に見渡し、そして足元をしっかりと支える。「美しい国」なんていう、妙にロマンチックな標語倒れにならないように、なんとか生き抜いてもらいたいものだと思う。
by michikonagasaka
| 2007-04-18 05:48
| 考えずにはいられない
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