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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2007年 04月 27日
娘(6歳)の親友Tちゃんは、わりに濃厚な(というかケバい系の)顔立ちの、でもとても気立てのよい女の子。なぜ、この子と特に気が合うのか私にはわからないが、とにかく、思いは両方向通行のようで、このTちゃんの家に、娘はしょっちゅうおよばれしている。
そのおよばれ(play date)のセッティングのために、私に電話をかけてよこすのは、彼女の場合、実は100パーセント、ナニーである。最初の数ヶ月間は、夕方、娘を迎えにいっても、登場するのはひたすらナニーばかりで親に会ったことがなかった。浅はかにも私は「ママはお仕事?」と勝手に想像していたのだったが・・・・。 ある日、娘に「Tちゃんのママって会ったことある?」と何気なくたずねた。 「いつも会うよ」 「え、そーなんだ。ママ、おうちにいるの?」 「いるときもあるし、いないときもある」 「ふーん」 「今日はおうちにいたけど、でも疲れてたから休んでた」 「・・・・ハ?」 別のある日、娘が「たまには私がTちゃんをうちによびたい」というので、ま、こんな拙宅でよろしければどうぞ、と、夜の7時ごろだったか、彼女の家に電話をかけた。 果たして電話に出たのは複数存在するメイドの一人だったが、スペイン語系の人らしく、話がさっぱり通じない。 「あの、マダムはご在宅でしょうか?」 「マダム、疲れて寝てる」 「え??? (この時間に早くもお休み?)」 「とても疲れてる」 「はあ・・・。あの、実はTちゃんを明日、学校のあと、うちにお招きしたいんですが」 「なに?」 「ですから、Tちゃん、うちの○○(娘の名前)のところに明日、遊びに来ないかなと思って」 メイドさん、もうこれが限界とあきらめたか、「ちょっと待って」というなり、消えてしまった。 そしてしばらくの沈黙のあと、電話口に「ぼんそわぁ」と明るく登場したのは、ほかでもない「とても疲れて寝てる」はずのマダムその人なのだった。 Tちゃんにしてこの母、というのが妙に納得できる、それは大変に気のよい、社交性あふれる女性だった。 「これから出かけるので、その前にちょっと休んでたの。ごめんなさぁい」 ともかく、これでやっと話も通じ、私は翌日のTちゃんご招待の予約を無事取り付けることに成功したのだった。 (ちなみに、そのTちゃんを夕方うちにお迎えにきたのはポルシェ・カイエンに乗ったショッファーだった。) 実は娘は今日もまた、そのTちゃんのおうちに遊びに行き、私が夕方迎えに行くと、相変わらず、ママは登場せず(いるかもしれないが、奥でお休みとか、その他の事情で挨拶には出てこない)、私はナニーに礼だけ述べて、そそくさと退場した。帰りの車中、娘は、この世にはこんなこともあるんだ、という印象深げなトーンでこういった。 「Tちゃんのママ、爪のおばさんが来てたよ。今日は爪の日なんだって」 ははーん。彼女はネイルサロンになんか行ったりしないんだ。そうなんだ、おうちに爪のおばさんが通ってくれるんだ・・・。私は、まあそれもあり得るだろう、と、ただそう思っただけだが、その瞬間、やっぱり娘がTちゃんと友好関係をずっと続けていくのはなかなか困難なことだろうなぁと、彼女たちの友情のはかなさに思いを馳せた。 いうまでもなく、貧富の差が絶大すぎるのである。 いわば成り行きで、昨年9月より現在の学校に娘を入学させることになったが、ここはあんまり長居をするところじゃないな、とは、かなり早い時期から感じていた。なにしろTちゃん級のご学友が、わずか15人足らずのクラスに、わんさか(というか、たぶん少なくとも三分の一程度?)在籍するようなこんな環境が、子どもの教育にいいはずないじゃん、と、(幼稚園以外)公立一筋で育ってきた私は、ほぼ本能的にジャッジしてしまうのだ。 「ゆくゆくは世界のリーダーになっていく人々と机を並べた経験は貴重な財産」 みたいなことをいう人もいるが、私は基本的には、そんなもの、どうってことない、というスタンス。人生が最初から優位に展開していくように状況が整っている人ばかりが揃う環境は、やっぱり「私の子ども」には、フィットしていないように思う。 娘がTちゃんとの「差」を感じ(というか、すでに感じているが)、それを違和感として受け止める日が近い将来、きっとやってくる。 ちょっと話はずれるが、私自身、今でもきのうのことのように覚えている高校の入学式での校長の挨拶。 「君たちは、将来の日本を背負ってたつ選ばれた人間であることを自覚し、しっかり勉学に、スポーツに励んでください」 そのアホな校長は、そんなことを15歳の青年たちに向かって嬉しそうにのたまったのだった。そしてその瞬間(つまり初日)から、私はその高校(名古屋随一の進学校だった)を嫌悪したのだった。 なーんて、たかがTちゃんの話から、なんだかひがみっぽい展開になってしまったが、Tちゃんも、またその母も、これがほんとうにほーんわかした邪気のない人たちなだけに、ほんの少し残念だったね~と思ったりする。もっとも「ほーんわかした邪気のない人」というのは、あくまでオフィシャルな顔にすぎないらしく、娘の証言によれば、ランチをつくったお雇いシェフを、子どもたちの目の前で「こんなもの、食べられない」と、ひどくしかりつけたのが「ちょーこわかった」そうである。
by michikonagasaka
| 2007-04-27 05:19
| こども
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