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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2007年 05月 02日
きのう、ジュネーブ出張中のファイナンシャル・アドバイザー、榊原節子さんとランチをご一緒した。榊原さんとは友人を介しての出会いで、きのうが初対面だったのだが・・・・。
「お仕事はどんなことをされてるんですか」 にはじまり、お互いに、 「こんな本を書きました」 「こんな国に住みました」 「こんな業界を渡り歩いてきました」 などなどの話に花が咲き、やがて話題は私の実家のことに及んだ。 ほどなく発見されたこと。それは、私の両親が引退後の終の棲家と定めた地に、榊原さんも別荘をお持ち(現在はお子さんが相続)で、しかもそれは、ほんの目と鼻の先だったということ。バブル時代に開発されたその地にはプールやテニスコート、ゴルフ場など、別荘族のための施設も充実しており、また各家庭には温泉が引かれている。窓からは富士山も見えるし、ちょっとそのへんの林に踏み入れば、山菜もたけのこもわんさかあって、まあ、なかなか心地よい場所なのである。その別荘地に最初に家を建てられたのが榊原さんのお義父さんで、そのお義父さんのすすめで、彼の愛弟子だった心臓外科医の太田さんという女性も、歩いていける距離にやはり家を建てた。で、その太田さんと私の母は、ほんとのご近所で太田さんが亡くなるまで親しくお付き合いをしていたばかりでなく、太田さんの愛犬「愛ちゃん」も主亡きあと、引き取ったという経緯がある。 「まあ、なんという偶然でしょう」 そうとは知らずに、私も帰国時には、テニスコートに行くために、近道なので榊原邸の横の森を数え切れないほど通り抜けたものだった。 しかも、しかも、榊原さんのご実父は、東大の化学教室の教授をされており、私の父も学生として彼の講義を熱心に聴講していたのみならず、父の留学先のアメリカの大学を、榊原さんのご実父が講義のために訪れた際には、研究室の台所で父がせっせと和食を作って、毎日先生とランチをご一緒していたことも判明(1950年代の話)・・・・これは、その後、私が父自身の口から聞いた追加の「ご縁」。 なにかの話で 「私は柿の種というものが異常に好きで、もう一人のときなんて、柿の種とビールで栄養とってますから」 と申し上げると、親切な榊原さん、 「あーら、それは偶然。私も柿の種は好きで、今もスーツケースの中に入ってますから、差し上げますよ」 と、わざわざ滞在先のホテルで、もうパッキング済みのスーツケースをあけ、底から柿の種6袋入りパックを引き出して、私に「どうぞ、お持ちになって」とくださったのだった。 その柿の種をぽりぽり食べながら、しっかしすごい奇遇なことだった、と、なんだか思いがけないプレゼントをもらってしまったようないい気分。こういうことがあると、神様、いや、それを「縁」といいかえてもいいのだが、なにかそういった人間の現世を超越したもののスーパーな力を感じてしまう。
by michikonagasaka
| 2007-05-02 19:01
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