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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2008年 01月 30日
先週、4ヶ月ぶりにパリに出かけた。
今回は雑誌のインタビューの仕事、それに、プレタポルテやインテリアの見本市を訪れるのが目的。直前にスケジュールが確定したため、ホテルはどこも満杯で、ようやく見つかったのが16区の住宅街にあるアパルトマン形式のところ。ものは試し、と予約してみた。 一泊目の夜中、いや、あれは明け方近くだった。突然けたたましいサイレンの音。どうやらホテルのアラームが稼動したようだった。部屋のドアをそおっと開けると、サイレンの音は10倍くらいのボリュームで、耐えられるようなものじゃない。慌ててドアを閉め、さて、どうするか、と思案。なにしろここはアパートホテルなので、夜間のレセプションは無人。「お困りの際はいつでもお電話ください」と記されたカード(チェックイン時に渡された)には、支配人を始め、スタッフを含めた計三人の自宅の電話番号(らしきもの)が載っている。こんな夜中に起こすのも気が引けたが、このアラーム音、いっこうに止む気配がない。仕方なく支配人のマダムに電話をすると、案外、すぐに電話口に登場。「アロー?」と、さすがに不機嫌さのにじみ出た声で応対する。 「あの、しばらく前からアラームのようなすごい音がしてるんですが・・・・」 「Zut(こんちくしょう!」 そう吐き捨てるなり、マダムは「今すぐそちらに行くわ」と、いかにもいまいましげに言い捨てて電話を切った。 まんじりもせずに(というか、この騒音じゃ、まさか眠れるわけない)ひたすら待つこと30分。一体全体他の客は、どうこれに耐えているのか。建物内にはアラーム音以外、物音というものが聞こえてこない。まさか、この建物に私、たった一人・・・? と、ちょっとぞっとしながら、しかし廊下に出る勇気もなく、ただただ辛抱強く待っていたら、突然、階下でかちゃかちゃとドアを開ける音がして、そして間もなく例のアラーム音はぴたりと止んだ。 実際に泥棒が入ってアラームが反応したのか、それとも単なる誤作動なのか、それは私にはわからない。わからないし、まあ、どっちでもいいことだ。目が覚めきってしまってしばらく寝付けなかったので、読みかけの新聞を読みながら、あたりが白んでくる気配を感じていた。 翌日出かけた見本市の帰り道。見本市の客たちでいっぱいのメトロに私も乗車していたが、なぜか一向に出発する気配がない。5分、10分・・・。さすがに「これはおかしい」と、人々が騒ぎ出す。しかしその多くは外国人でさっぱり様子もわからない。15分ほど放っておかれたが、ようやく車内アナウンスが聞こえてきた。 「機械のトラブルのため、○○○駅と○○○駅の間の区間は、しばらく運転を見合わせています。他の交通手段を使ってください」 あ~、これだ、とがっくり来て、のろのろと下車。出口へ向かうが、アナウンスの内容を解しない外国人客は、相変わらず訳がわからぬまま車内に取り残されている。それからバスと別のラインのメトロを乗り継ぎ、ようやく次の待ち合わせ場所、パレロワイヤルで地上に出たら、突然の雨。傘を持たぬ私は、ずぶぬれになって目当てのカフェを探してとぼとぼ歩く。 最後の日、ホテルをチェックアウトしたあと、スーツケースをかかえて別の見本市の会場へ。メトロを乗り継ぎ、北駅でRER(郊外電車)に乗り換えるのだが、どこもかしこもまったく階段だらけ。そのたびにスーツケースを持ち上げ、こんな重労働、もう死にそう! と、まさに泣きそうになりながら、えんやらえんやら、階段を上る。北駅ではやっとエスカレーターがあってほっとするも束の間。なぜだかすべてのエスカレーターは止まっており、普通の階段よりずっと大きなその段を、よいしょ、どっこらしょ、と上る。 パリはすっかり様変わりして、物価も驚くほど上昇して、なんだか私の知らない町になってしまった感があるが、今回のいくつかの「ハプニング」は、なーんだ、根本的にちっとも変わってないんじゃない、と、肉体的にはもちろん疲労困憊しつつも、どこかほっとするところも。 しかしなんだかんだいっても、私もスイスの住民になってはや8年。普段の生活が、いかに安全で清潔で、困ったハプニングなども特になく、どれほどスムーズで機能的であるかということを実感するのは、そう、まさに、こんなふうに国を出て、たとえばパリみたいな場所を訪れたとき。 スイス人はあちこち旅行して回るのが好きだし、ときに期間限定で外国暮らしなどもしてみるのだが、最終的にはちゃんとスイスに帰ってくる。世界をあちこち見て回って、それでもやっぱり自分とこが一番。そんなふうに感じるのだろう。異国でホームシックにかかる割合も、スイス人はずば抜けて高いのだと、どこかで聞いたおぼえもある。 スイス暮らしなんて退屈で真っ平御免。そういうふうに感じていたはずなのに、スイスもなかなかいいところかも・・・と、この頃、しみじみと思うようになった。いつまでいっても私は「ガイジン」だけど、いろいろな事情でここを終の住処とした「ガイジン」はごまんといる。あまたいるセレブ人口にとって、スイスはパパラッチの攻撃にさらされることもなく、しかも節税対策にもなるパラダイス。 「フランスにいたら、イギリスにいたら、イタリアにいたら、こんなふうに静かに暮らすことは到底不可能」 そう彼らは口を揃えていう。 おばあさんになったら、レマン湖のほとりの瀟洒な老人ホームにでも入って、好きな音楽と本に囲まれて暮らしたいわ・・・・・なんて、あまりに平凡は希望だが、パリで疲労困憊したあとだけに、なおさらその思いが悲願のごとくに感じられる。
by michikonagasaka
| 2008-01-30 07:37
| 身辺雑記
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