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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2008年 04月 02日
7歳の娘の学校※のフランス語の教科書に、こんな話が載っていた(以下、訳文は私が適当にこしらえたもの)。
・・・ねずみさん家族は幸せに暮らしていました。 さて、休暇になり、子供たちはママねずみの家に行くことになりました。普段はみんなでパパねずみの家で暮らしているのですが、ママとパパが別れてからは、いつもこうしてお休みのときはママの家を訪ねることになっているのです。 (中略) ところがミミは「わたしはママのところに行きたくない」と大声で泣き始めました。 「一体どうしたというんだい、ミミ? どこか具合でも悪いのかい?」 パパねずみがたずねました。 いいえ、ミミはどこも具合なんて悪くないのです。ただ、胸のあたりが変に重苦しくて、それでもう二度と、ママねずみのところには行きたくないと思っているのです。 その前の週、ママねずみからみんなに宛てた手紙が来ました。その中には写真が入っていました。ママねずみと、そしてとてもかっこよくて素敵な灰色ねずみのおじさんがいっしょに写っていました。手紙にはこう書いてありました。 「こちらはトビー。ママの新しい夫。彼もあななたちに会えるのをとても楽しみにしてます」 ミミはこのトビーのことが大きらいなのでした。だってトビーはミミからママねずみをとったのですもの。 ミミはママのことも大きらいでした。だって、もうママは二度とパパとはいっしょにならないでしょうから。 そんな気持ちのせいで、ミミは胸のあたりが重苦しかったのです。 パパはミミを抱きしめていいました。 「ママは、なにがあってもずっときみのママなんだよ。たとえ新しい夫ができたとしてもね」 そんなふうにパパはミミの耳にそっとささやきました。 とうとうミミはママねずみのところへ行く決心をしました。 ママねずみの家にはいつものようにミミの部屋があって、ママはいつものように優しくミミをなでてくれました。ママはいつもどおりいい匂いで、ママのつくったチーズのジャムはいつもどおりの美味しさでした。 トビーおじさんはなかなか親切でした。子供たちといっしょに遊んでくれたし、ミミの人形のためにゆりかごもつくってくれました。 お休みが終わり、みんなはパパねずみの家にもどってきました。 (中略) ミミはパパにそっとたずねました。 「ママとパパは長い間、仲良しだったの?」 「そうさ、長い間ね」 「もしわたしが結婚して、私の夫ともっともっと長い間仲良しだったら、死ぬまでずっと仲良しでいられるかしら?」 「ああ、ミミ、もしかしたら死ぬまで仲良しでいられるかもしれないね」 (おわり) フランスは先進諸国の中では例外的に高い出生率を誇っており、その「秘策」を探ろうと、日本からもお役人から研究者まで大勢の人たちがフランスにやってくる。しかし、一見バラ色の高出生率の背景には、上の教材が示すような「離婚」「再婚」の乱発、そしてその結果としての「パッチワークファミリー」(両親それぞれの連れ子が入り混じって、さらに両親二人の間の子供もできたりして、まるでパッチワークのように構成される現代版家族像のこと)という事情がある。 もちろん「あえて結婚しないカップル」もものすごく多いし、シングルペアレントもすごく多い。 「家族」のあり方が、日本とはまるでくらべものにならないほどゆるやかで多様で流動的なのである。 そんな国だから、小学校一年生の教材テクストが、いきなりこんなお話だったりもするのである。これを教室で読み、文法や語彙の学習に用いるわけであるが、お話の内容自体にことさら疑問を抱く子供はあまりいないだろう。なぜならこのお話に出てくるような家族なんて、あまりに普通の日常風景だし、男と女の愛もしょせんははかないもの、という諦観(?)も、すでに幼くしてなんとなく実感として身に着けてしまっているような文化だから。 私自身はそれでも「こんなお話」が子供の教科書に堂々と登場してしまうことで内心、ひぇーっとひそかに驚きの反応をしたが、隣で本読みの宿題をやっている娘のほうは、まったく平静そのもの。 少子問題をなんとかせねば、と躍起になる気持ち、わからないでもないけれど、フランス式の家族像まで自らの現実として引き受けてもなお、子供の数を増やしたい、というほどの覚悟が、政策を立て、政治を司る人たちにあるだろうか? 保育園の数を少々いじってみたからといって、子供の数などそうそう簡単に増えるもんじゃなかろうに、と、いろいろな国の舞台裏を覗けば覗くほど、私は懐疑的になるのだけれど・・・・。 ※学校はスイスにあるフレンチリセで、教材はフランス本国に準じたものを使用している。
by michikonagasaka
| 2008-04-02 00:33
| こども
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