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序文にかえて
パリを皮切りに、アメリカ、ロンドン、そしてスイス等、国外が人生の半分以上になりました。多様な人々や文化や言葉に晒されるのがごく当たり前の日常。その中で色々なことを思ったり考えたりします。音楽と文学と哲学とお酒が、たぶん一番好きなことですが、昨今の国内外の状況には、いつまでもapoliticalでいられるはずもなく、ここでもときどき政治のことを書いたりします。
最新刊 「パリ妄想食堂」(角川文庫) 近著 「神話 フランス女」(小学館) 「難民と生きる」(新日本出版社) 「旅に出たナツメヤシ」)(KADOKAWA) 執筆依頼、その他、お問い合わせはmnagasakaアットマークbluewin.chまで カテゴリ
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2009年 06月 15日
昨晩、友人宅に家族でご飯に招かれた。メニューは私も大好きなメキシカン。
「好きかどうかわからなかったから、まずは入門篇にしてみたわ」 そういう彼女の言葉どおり、トルティヤとお肉とマメ、そしてガカモレという、シンプルにして、しっかりと美味しいご飯で大人も子供もみんなたらふくいただいた。 女主人である私の友人Sは、コロンビア人とスイス人のハーフ。食卓での会話は、もう一組の夫婦が英国人だったこともあり、当然のように英語だったが、実はこのS、きのうの食卓であらためて発覚したことであるが、なんと7つの言葉を自在に操る魔法使いみたいな人。学校教育の大半をフランス語で受けたが、母親とはスペイン語、父親とはスイスドイツ語、数年間住んだリスボンではポルトガル語を軽くマスターし、同じラテン系の言葉、イタリア語はおまけみたいにいつの間にか覚えた。英語とドイツ語は、普通に学校で勉強して、普通にこなせるようになった。 7言語とはいえ、確かに全部ヨーロッパ語だから、私たちのような非ヨーロッパ言語圏の人間が英語ひとつ覚えるための苦労に比べれば、もちろんたいしたことないともいえるが、それにしても、その7つが7つとも、ちゃんと意味ある知的な会話ができ、読み書きができ、仕事にも楽に使えるレベル、というのはやはりたいしたものだ。 「混ざったりしない? 混乱したりしない?」 そんな私の素朴な質問に、「それはないわね~」とケロリとした顔でいってくれる。 それにしても、二つ以上の言語を共有する人との友だちづきあいというのは、なにか、そこにしかない豊かさや楽しさが確実にある、と思う。母語話者同士の「あうん」のつきあいの気楽さとは別種の、共犯者的な連帯感みたいなものがそこにはあって、その部分、私は実はかなり好きなのだ。逆に、たとえば英語しか知らない人(というのはこの世にはとってもたくさんいるものだが)との付き合いに連帯感は生まれにくい。さらに、英語を母語とする人が、何年スイスに住んでいてもちっともドイツ語やフランス語ができるようにならない様子をみるにつけ(これも非常に多いケース)、私は自分の中に「馬鹿なんじゃないか」と、どこかでさげすむ気持ちが沸き起こってくるのをどうしたって抑えることができない。 非ヨーロッパ言語出身の私ですら、苦労してなんとかいろんな言葉を身につけてきてるのに、なんで、 英語のあなたがドイツ語、ここまで下手なわけ??? 英語圏の人のために、日本人の私が、フランス語やドイツ語から通訳してやったりする(そういう場面も多々ある)たびに、すっごく変じゃない、これって? と、その状況の異様さに心の底で肩をすくめている。 しかし、この世では「英語だけしか解さない人」と「英語も解する人」の総数がどんどん膨れ上がっている。そしてそれゆえに、英語はますます「共通言語」としての独占的地位を不動のものにしていく。 7つの言語を話すSは飛びぬけていたといえ、彼女の夫も(私の知る限りは)少なくとも3つの言語はOKだし、私の夫も4~5個はOK。この私ですら、下手なドイツ語もおまけして入れちゃえば4ついけるにもかかわらず、昨晩の食卓の会話は英語だった。なぜならそこにたった一人「英語しか解さぬ人」がいて、その他全員は「英語も解する人」だったから。 スーパー・マルチリンガルの友を羨ましく思いながら、私は「言語的帝国主義」みたいなことをぼんやり考えたりもしていた。少し前に読んで大いに共感した水村美苗の「日本語が亡びるとき」に書かれていたことが、こんな形でリアルに実感できる毎日。それがまあいってみれば私のスイス暮らしの一端でもある。
by michikonagasaka
| 2009-06-15 04:35
| 混沌マルチリンガル
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